ちょうど正面から歩いてきたウキツが、アキを見つけ片手をあげる。アキが小走りで駆け寄ると、ウキツは開口一番にこう言った。
「走んなくていいよ。お前コケそうだから」 「なっ……!……否定はしませんけど」 「だろ?」
気に障る言い方だと思ったが、ウキツの顔がとても楽しそうなのを見るとまあいいかと思えてしまう。なんだかすっかり慣らされたものだ、とアキは心の中で呟いた。
「で、どーだったん」 「何がですか?」
頭を傾けて問い返すと、ウキツは呆れた顔でアキを見る。
「何がって、アキ、採取行ってたんじゃねーの?」 「あ!はい、行きました。それなりでした」 「ふーん?雨とか降られなかったか」 「平気でした!」 「そ。ならいいけど」
妙に鋭い発言に心拍数が上がる。確かこの辺りまで雨は降っていなかったはずだ。ウキツが歩きだしたので、アキはその隣に並んだ。
「ウキツさんはどうでしたか?何かありました?」 「何も」
「ふふ。王立警備隊だから、何もない方がいいのかな。ウキツさん自身のことでもいいんですよ?」 「だから、何もなかったって」
少しいらつきの混じった言い方に、アキが目を瞬き、はあ、とわかったようなわからないような相槌をうつ。考えている間に何だか寒気がして、アキはくしゅん、とくしゃみをした。
「……風邪?」 「いいえ!絶対違います!」 「絶対違いますっておかしくね?」 「おかしくないです」
頑なに否定するアキの額に、ひんやりとしたウキツの手の甲が触れる。
「熱はない、か」 「ほら」 「威張るとこじゃねえ。てかアキ、お前今日なんか不自然。挙動不審」 「そんなことないと思いますけど……」
わかりやすい大きな溜息を吐くウキツに、アキの胸がチクリとするのを抑え、なんでもないと笑顔を作った。二つ三つ嫌な事があったくらいで弱音を吐いたら、ウキツはきっといい顔をしない。嫌な事があるのは当然だし、やはり鍛冶は遊びだったのかなどと思われたくはないのだ。ウキツに失望されたくなかった。
「大雨に降られて採取にはならなかった」
自分の口から出る自分の意志と異なる発言に、アキは目を丸くした。
「何のはずみかわからないが、アキと意識が離れ、戻った時にアキは震えていた」 「ち、ちが」 「採取に使う袋がないので尋ねると、目を離していた隙に盗られた、と」 「カヤナ!」 「まだあるぞ。早馬を借りようとすると、雨だからと言う理由で普段の倍の料金を」 「カヤナ!」
黙って、と言うアキに、カヤナが喋るのをやめる。
「何で言わないんだよ。俺、聞いたよな」 「話すほどのことじゃないと思って」 「それで落ち込んでるのに、話すほどのことじゃない?」 「落ち込んでません」 「落ち込んでんだろーが」
黙って首を振るアキに、ウキツがまたため息をつく。
「こんなことで弱音を吐いたら、またお前に怒られると思ったんじゃないのか」 「はぁ?」
カヤナの一言にウキツは面喰ったようだった。アキは口を一文字に結んだままだ。
「待てそれ。俺、どんだけ怖がられてんだ!?怖がられるようなこと……あ、したか。いや、そうじゃなくて!嫌なことあったなら言えって。もうアキが本気なのはわかってるし。そんな頭ごなしに怒鳴ったりしねーし」 「今も、怒ってるじゃ、ないですか」 「言わないからだろーが!」
う、とアキが言葉につまる。アキの瞳がじわじわとうるむのを見て、ウキツは更に焦った。
「あ、うわ、泣くな。泣くなー」
ウキツがアキと目を合わせようと腰をかがめ、立ち止ってしまったアキを道の脇に誘導する。悔しさから唇をかむアキに、ウキツは傷になるからやめろと言ってアキの唇を指でなぞった。
「まったく。世話の焼ける……いや、勘違いするなよ。面倒とかそういうんじゃない。つーか、なんでわかんねーかな」
ウキツが独り言のように呟き、はっと何かに気づいたような顔になる。
「言ってなかったから……?」 「何を、ですか」 「……好きって、言ってねーか」 「何が、ですか」 「……アキが」
黙り込むアキに、ウキツは恥ずかしさを通り越して、開き直ったような、えらそうな態度になる。
「誰がですかなんて聞くなよ」 「は、……初耳です」 「そりゃ、悪かったな」 「もう1回、言ってください」 「嫌だ」 「やだ、私も好きですって、言いたい」 「言ってんじゃねーかばか!」
抑え込んでいた涙がこぼれはじめ、アキは両手で顔を覆った。しまった、とうろたえるウキツに、違います、と言う。
「これは、嬉し涙です」
「紛らわしいんだよ」
赤面するウキツに、アキは笑ってこたえた。
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