「ウキツさんから敬語で喋るなって言われたらどうしますか?」
唐突な問いに目の前の男は面食らったようになる。自身の手を頭にあて、金色の髪をくしゃりと握った。
「そうしろって言われたらするけど。ウキツさんって自分はさておき、そう言うの気にするタイプだと思わない?」
「確かに。クラトさん、ウキツさんの事よくわかってますね」
「ありがと」
苦笑いするクラトに首をかしげ、それから目線を下ろし青色の瞳と視線を通わせる。
「ミトシ君は?」
「よく、喋り方……直せって、言われる」
「あ。ミトシは元から敬語じゃないのか」
「え、なんて呼んでるの?」
「逃れし者」
そんな風に呼んだら確実に怒らせてしまう。ここに本人がいるはずもないのに、思わず前後左右を確認してしまった。
「その呼び方はやめてあげない?」
「じゃあ、名前……ウキツ」
「それはそれで怒られるって」
「ですよね、やっぱり」
二人に礼を言って城を後にする。御用聞きがてら次にやってきたのは花街だ。まだ完全に日が落ちたわけではないのに、どこからか雰囲気のあるメロディが聞こえてくる。開店前の店で偶然居合わせたウキツを良く知る人物に、城でたずねたのと同様の質問を投げかけてみた。
「どうやったら、年上の人と敬語じゃなくて、自然にお喋りできるようになると思いますか?」
「へー。ウキツにそう言う事言われたんだ?」
「言われたというか、その……はい」
人の名前は出していないのに、どうしてわかったのだろうか。照れくさくなって顔を俯かせている隙に、伸びてきた腕を肩にまわされていた。持っていたグラスも同時にこちらへやってきて、あまり好きではない匂いに眉を寄せる。
「それじゃ、ここで練習していかなきゃだね。“シン”って呼んでみて?」
「え?シンさんの名前で練習するんですか?」
「こら。シン、でしょ」
唇にぽんと人差し指をあてられた瞬間、小気味良い音が響き目の前にあったシンの上半身が視界から消えた。
「この酔っ払い、何やってんだい。アンタも、相談する相手は考えた方がいいさね」
「ありがとうございます、チナキさん」
そうして特に収穫も得られないまま戻ってきてしまった。隣を見れば珍しい客が優雅な動作でお茶をすすっている。こちらの視線に気が付くと、青年は柔らかい笑みを向けてくれた。今度こそ良い解答が得られるのではないかと口を開く。
「ハヤノさんはウキツさんよりも年下で、でも前から敬語じゃないですよね?」
「ウキツが気にするなって言ってくれて、最初からね。急には無理だと思うけど、少しずつ変えていったらいいんじゃないかな。アキさんがそうしてくれたらウキツは喜ぶと思うよ」
穏やかな口調とその場に漂う空気はとても居心地が良くて、ほんの少し気が楽になる。
「まあ手始めに呼び方を変える事だけ考えてみたら?」
「……ウキツ」
「そうそう」
「ウキツ」
何、と言う返事が聞こえたような、嫌な予感がして後ろを振り返った。腕組みをしてこちらを見下ろしているウキツと目が合う。今聞こえたのは空耳ではなかったのだ。
「ハヤノさん!」
まさか知っていて言わせたんですか、と抗議の視線を送るも、ちょうどいいじゃないと笑顔を返されてしまう。
「お前ら何してんだ?ハヤノがどーしてここに居る?」
「こっちに用があったからついでに寄ったんだ」
「こう言う事、よくあんのか?」
「ううん。私もびっくりしていて」
「心配しなくても大丈夫だよ、ウキツ」
「何が」
意味ありげな言い方をするハヤノと不機嫌そうなウキツの顔を見比べていると、先に手を上げたウキツがこちらに視線を寄こしてきた。
「それよかさ、アキ。お前何かやったか?今日一日どー言うわけか行く先々で色んなヤツにからまれんだけど」
「知りませ、ううん、知らない」
言いなおすと、ウキツもハヤノも顔を見合わせ、ハヤノは口に手を添え小さく、ウキツは遠慮なしに歯を見せて笑う。不貞腐れた顔をすると、ウキツが笑いながらアキの頭に手を乗せた。何気ない撫でるような動きに恥ずかしさと怒りとで険しくしていた表情が緩んでいく。
「お前は本っ当に変わってんな」
「ごめんね、アキさん。ウキツの言う“変わってる”は可愛いの裏返しだから」
「ハヤノ、余計な事言ってっとお前でも表出すぞ」
「あ、僕お邪魔だよね。そろそろ帰ろうかな」
「そうじゃねーだろ、あのな」
いつものウキツなら怒りだしそうな場面なのに、ハヤノといるとそうはならない。二人のやりとりが可笑しくてしかめっ面を崩すと同時に視線を向けられる。ウキツは疲れたと言ってつっかかるのをやめ、それを見たハヤノがさすがアキさんなどと呟いた。
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