注文を取りに城を訪れたアキは、隊長や居合わせた隊員たちと賑やかに談笑していた。そろそろ交代の時間だからとクラトとミトシがその場を後にし、アキもそれにならう。一人になってしばらく歩くと、ちょうど仕事を終えたらしい見知った人物の姿が目に入った。目のあった気がしてアキが笑顔を作るが、男はアキの視線を避け方向転換をする。そのまま帰ることもできたが、どうしても気になりアキは男の後を追った。
「……待って下さい!」
元々歩く速度で負けているのに、それが更に早足で歩き去ろうとするので、アキはほとんど駆け足をしてようやく男の服を捕まえる。呼吸をととのえたアキを、ウキツが怪訝そうな顔で見下ろしていた。
「何か用か?」 「特別用があるわけじゃないんですけど」 「なら」
話もそこそこに、ウキツが歩き出そうとする。アキは服をつかむ手を両手にしてそれに対抗した。
「……って、離せ!伸びんだろ」 「そんなんじゃ離しません」 「意味わかんねえ。とにかく、俺は部屋に帰るから、離さないなら歩け」
言いきられ、渋々歩みを進める。ウキツの力に、アキがかなうはずがないのはわかりきっていたからだ。来た道を後戻する形でたどり着いた先はウキツの自室だった。
「離せ」
ここまで来て、ウキツが再び離せと言う。アキが納得いかないと言う顔をするが、つっけんどんなだけだったウキツの態度にも変化が現われていた。
「いいからここで待ってろ。着替えたら入れてやるから」
呆れたように、でも穏やかな声で言われ、思わず手を離す。もしかして騙されたのではないかと勘ぐったが、まもなくしてウキツはアキを自室に招き入れた。飾り棚に様々な種類の酒が並んでいる以外は比較的物の無い部屋で、ウキツとアキはなんとなくソファに腰かけた。姿勢正しく座るアキの横で、ウキツがだらしなく座る。
「用もないのに、ここまで来るか普通?……あー。お前は普通じゃねえか」
アキがムッとすると、いちいち怒るなとウキツが言った。まさかそんな事を言われると思わず、アキは複雑な気分になる。
「ま、別にいいけど」
アキを余所に、ウキツは遠くを眺める。いつもより元気のない、寂しそうにも見える顔に、アキは表情を曇らせた。
「何かあったんですか?」 「何でもない」 「……いつもと様子が違うから気になって」
アキの言葉にウキツが一瞬驚いた顔をするが、ふーん、と呟き、すぐになんでもない風を装う。どちらも何も話そうとしないので、沈黙が続いた。アキはあたりを見回して、部屋の隅に茶筒を見つける。お茶でも入れようと思い立ったところで、アキの肩に何かが触れた。顔を向ける頃には半身に重みが加わり、アキは体勢をかえられなくなったのだと気がつく。ウキツが寄りかかるようにして、アキの肩に頭をのせていたのだ。
「ウキツさん……?」
ウキツが返事をしないので仕方なしにそのままでいると、どんどん重みが加わり、アキまで傾きそうになる。重いです、と出かけた言葉を飲み込んだ。
「私も寄りかかって、いいですか」
アキが重みのかかる方へ頭を傾けると、少し硬いウキツの髪がアキの頬に触れる。
「…………やっぱ軽いな」 「ウキツさんは重いですよ」 「あたりめーだろ。悪かったな」 「悪くないです」 「……物好きアキ」 「頭、落っことしますよ」 「……嫌だ」 「ふふ」
アキが小さく笑うと、ウキツも笑った。
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