依頼人との交渉に使われるカウンターにウキツは両手を置いた。正面にいるアキと同じ目の高さになる。
「アキ。次のルアの日の夜って何か予定入ってんの?」
ウキツの問いかけを確実に聞いていたはずなのに、アキはキョトンとしたまま返事をしない。
「おい、聞いて……」 「カヤナ?ウキツさんが予定あるのかって聞いてるよ?」 「いや、私ではなく」 「アキって言ってんだろーが!」 「……え?私ですか!?」 「他に誰がいるんだよ……ったく。で、予定はあんのか?ないのか?」 「ないですけど」 「じゃあちょっと出掛けようぜ。わかったな?」 「……わかりました」
「ほら、こっち」
ぐいぐいと手を引かれ、アキは自分と異なる歩幅を懸命に追った。
「夜店で面白いモンねーかな〜と思ってたけど、たいしたことなかったなー」 「……残念でしたね」 「何怒ってんだよ」 「怒ってないです。人混みと足の早さに疲れただけです」 「あ……悪い」 「いえ……」
先程までは人に揉まれて息苦しく、辺りを見回す余裕もなかったが、つれられるままに歩き、どうやら街の外まで来ていたらしい。ウキツは草村に座りこんで、つないだままのアキの手を引く。アキはよろめいて、てっきり尻もちをつくかと思ったが、そうはならないようにウキツが支えていたので、衝撃を感じることなく腰を下ろせた。
「さて……と。こっちきてから、ルアの日はいつも何してたんだ?」 「ルアの日ですか?ほぼ留守番……ですね」 「だからひねくれてんのか」 「ひねくれてなんていません」 「自分が誘われてんの、気づきもしなかったのに?」 「あれは」 「みんな、カヤナばっかり」
言い返すことができず、アキがムッとする。
「そんなこと確認するために連れて来たんですか?それなら……ウキツさんが言ってる通りであってます。失礼します」
逃げようとするアキの手をウキツが引き、それを許さない。今度こそアキは尻もちをつき、痛みで顔をゆがめた。
「お前が逃げっから……」 「このためにずっと手、握ってたんですか!?」 「ばっ!そうじゃねえだろ!わかれよ!」 「わからないです!ウキツさんが考えてることなんて、全然わからないです!」
「おいおい……そうやって悪い方悪い方に考えるの、やめろ。それが実際に悪い方向に 向かってても、だ。大体、カヤナは二千年前からやって来た偉人だろ。他のやつらがアキと違う扱いすんのは当然なんだよ。アキの幼なじみと比べてるんじゃねえんだから」
アキが黙り込んだので、ウキツも一息つく。また、冷たく聞こえてしまうような言い方をしてしまったと後悔した。
「これだけ聞いて、へこむなよ。俺がはじめから素直に切り出せないの、知ってんだろ……っておい!もう泣いてんのかよ」 「泣いてないです」 「今にも泣きそうじゃねーか!」
「……っ。涙が出るなんて、くやしい……。ウキツさん、何も間違ったこと言ってない から、反論、できません」
一方的に握っていたアキの手がウキツの手からするりと離れていき、アキはたえずこぼれてくる涙を両手でぬぐいはじめた。ウキツはアキの正面にまわり、涙をぬぐおうと手をだすが、アキがうつむいているせいでそれができない。
「俺の方が4年も長く生きてんだから、当然だろ。打ち負かそうなんて、生意気なんだよ」 「……そうですね」 「……せっかくこいつが一人だって言うのに、何やってんだ俺は……いいから、機嫌なおせ」 「……はい?」 「泣くな」 「……泣いてません……ぐすっ」 「ああああもう!」
こらえきれなくなったウキツは、強引にアキの身体を抱え込んだ。
「別に、泣かせたいわけじゃないんだよ。どうしてこう、上手くいかねえかな」 「……ウキツさん?」 「お。驚いて泣きやんだか?」 「あ、……とまってます」
ほっとして、ふう、と息をつく。改めてアキを抱きなおした。と、不思議な感触がウキ ツの指をもぞもぞとすりぬけていく。アキの背中から顔を出したそれと、ウキツの目があった。
「…………は?」 「……はい?」 「なんで白いのがここにいんだよ!」 「白いの……コロですか?最初からいましたよ?」 「全っ然気付かなかった。っつーかこいつ、人間の言葉わかるんだったな!?ずっと聞いてたっつーこったな!」 「は……まあ、そうなりますね」 「お前は何も、見てない、聞いてない、覚えてない」
暗示をかけるように言って、ウキツは白い物体を遠くに放り投げた。
「きゃ、きゃあああ!なにやってるんですかー!」 「なにやってるんですかー!じゃ、ねえ!!」 「ウキツさんのばかー!コロが怪我したらどうするんですか!」 「バカじゃねえ!平気だって平気。っつーかアキ。俺はアキを呼んだんだから、余計なモンつれてくんじゃねーよ」 「コロもですか?」 「そ」 「カヤナも?」 「だーめ」 「……なんて勝手なんですか、ウキツさん……」 「……い、いいから、俺の言うこと、聞いとけ」
ウキツの勝手な言い分に、つい、アキがふきだして笑う。泣いた後のせいか、いつもより儚い笑顔に、ウキツはドキリとした。
「あとで、一緒にコロさがしてくださいね」 「……あとで、な。ルアの日が終わってからな」 「なんですか、それ」 「いいんだよ。もう少ししたら、お前はまた一人じゃなくなっちまうんだから」 「……はい」
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