「お前か」
扉を開けたのはアキだったが、先に言葉を発した人物は違った。彼女と身体を共有する戦女神の反射神経を恨みつつ、こみあげてくる羞恥心を隠そうと口角を下げる。ウキツを知らない人物であれば何を怒っているのだろうとたじろく所だが、アキは気にしていない様子でウキツの名前を呼んだ。
「ウキツさん!」
彼女本来の言葉に気を取り直し、不機嫌顔を和らげる努力をする。まだ早朝だと言うのに、アキは作業服を着ていた。
「こんな時間から石打ってんのか?」
「いえ。まだ朝早いですから、準備をしているだけですよ。ウキツさんこそ、お城にいなくていいんですか?」 「もう仕事してきたんだよ。夜勤明け。……ったく。疲れたー」
まだ開店前なのは知っていたが、ウキツは図々しく家に上がり込む。状況を察して、アキはすんなりとそれを受け入れた。
「お疲れ様です。……朝ご飯は?」 「食ってきた。」 「あ!」
近場の椅子に腰かけようとしたウキツをアキが止める。
「休むなら上使ってください。ここで寝られるとお客さんが逃げちゃうんです!ウキツさん寝起き悪いんですから!」 「へいへい」
酷い言い様だと思ったが、前科があるので否定できない。以前1階でうたた寝した時に、寝ぼけて鍛冶の依頼客につっかかり、追い出してしまった事があった。たしか言った言葉は「てめえ、何の用だ」くらいだったと思うが、殺気立ったウキツを見て客が逃げ出してしまい、アキを怒らせたのを覚えている。カヤナは、お前も客商売には向かないな、と笑っていたが、笑うカヤナをまたアキが怒っていた。そんな記憶があるので、ウキツの片腕を自身の両腕で抱え込んで引っ張り、懸命に階段を上らせようとするアキに大人しく従った。ソファなんてないので、とアキが言いベッドに座らされる。脇机に水が置かれた。
「お水、ここに置いておきます。あと、もう少ししたら鍛冶をはじめるので、うるさくなるかもしれませんけど……」
のぞきん込んでくるアキの顔がだんだん薄れていく。瞼の重さに負け、ウキツは目を閉じ、体を倒した。
「まったく、一体何をしに来たんだ」
アキの声を使い、カヤナが呆れたように言う。
「この時間じゃ、飲み屋さんも開いてないでしょ。あと、お城じゃあまり気が休まらないんじゃないかな」 「だからと言って、ここは宿ではないのだぞ」 「うー。それはもっともなんだけど……」
次第に話声が聞こえなくなり、ウキツはそのまま眠りについた。
「……ウキツさん!ウキツさん!」
名前を呼ぶ声が聞こえてきたあと、何者かが控え目にウキツの身体を揺する。目だけ開くと、閉じる前にあったのと同じ顔がそこにあった。
「もう帰らないとダメですー時間!」 「あ゛ぁ?……時間?」
時計は昼を過ぎを示し、陽もすっかりのぼっていた。少ししたら、再び警備に戻らなくてはならない。
「目、覚めました?」 「だーっ!寝てしかいねーじゃねーか!」
飛び起き、真顔で言うウキツを見て、アキがくすくすと笑う。
「疲れてたんですよ。またお仕事、がんばってくださいね」 「……ああ」
立ち上がりのろのろと玄関へ向かうと、アキが慌ててついてきた。
「忘れ物、ないですか?」 「ああ」 「気をつけて。ちゃんとお城行くんですよ」 「わかってる」 「途中で喧嘩しないでくださいね」 「あー……」
戸に右手をかけたところで振り返ると、アキが首をかしげ、ウキツを見上げてくる。その頭に手を置きポンポンと撫でると、アキはああだこうだ言うのをやめた。
「じゃ、またな」 「あ、はい。また」
少し頬を赤らめたアキに満足して、ウキツが立ち去ろうとする。すると、鈍感なもう一人がそれを遮った。
「また、ではないぞウキツ!これで何度目だと思っている!」
恥じらう様子など微塵もなくなったそれを、ウキツは恨めしそうに見る。
「カヤナ、私は別に」 「ほら、アキは良いって言ってるじゃねーか」 「しかし用もなしにふらふらとやってくる意図が私にはわからん」 「アキがわかってるんじゃねーのー?俺もう時間ないから行くわ」 「わかっているのか?」 「え!私?えっと……」
戸惑うアキが、ウキツに助けを求める声が聞こえたが、ウキツは振り返らずに、片手を持ち上げひらひらと振った。
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