甘い香りにつられてぼんやりと歩いていると、香りの発生元と思われる家が現れる。よく知るその家から鍛冶の音以外のものがするのを不思議に思い、ウキツは足の向きを変えた。
「ってミトシ、何やってんだ!?」 「逃れし者……?何しに来た?」
調理場に立っていたのは家の主ではなくウキツと同じ王立警備隊の隊員、ミトシだった。その光景にウキツはぽかんと口を開け、ミトシも驚いた顔でウキツを見る。少しして、そこへ本来の家の主であるアキが現れた。
「あ、ウキツさん。いらっしゃい。何か依頼ですか?」 「俺はちょっと寄ってみただけっつーか……」 「それなら、ウキツさんも一緒にどうです?今、ミトシ君と一緒におやつを作ってるんですよ。」
アキが示す方向にはクッキーやマドレーヌと言った菓子が大量に並べられていた。
「逃れし者も、何か作る?」 「いーや。俺は食うの専門」
言いながら、クッキーの一つをつまみ、口へ入れる。
「あー!」
ミトシがムッとして、非難の声をあげた。
「まあまあ、ミトシ君。ウキツさんに作れって言うのは、ちょっと無理かな。ウキツさんお茶いれますから、待ってくださいね」
作らないのに参加すると言うウキツと、そんなウキツにお茶まで出すアキが不愉快だったらしく、ミトシが頬を膨らませる。ウキツは勝ち誇ったように、いつもの品の無い笑い方をした。
「おい、アキ。ミトシには水しか出すなよ」 「わかってます。あれ、ミトシ君?どうしたの?」
見ると、紅茶を乗せたお盆をもつアキの服を、ミトシが掴んでいた。ミトシはそのままアキを引きよせ、耳打ちする。
「アキ。逃れし者は甘いもの、苦手。食べられない」 「え!そうなの?」
はっきりと聞こえた問題発言に、ウキツが大声で抗議する。
「なっ……!誰がいつそんな事言った!」 「星がそう言ってる」 「んなわけあるか!見え透いた嘘ついてんじゃねえ!」 「ほ、本当に大丈夫ですか?無理してません?」
心配そうにうかがってくるアキに、勘違いされまいとつい声が大きくなる。
「アキも簡単に信じるな!俺が苦手なのは辛いモンだ!」 「へ……」 「ふぅん」
ミトシがくすりと笑う。
「僕は甘いものも辛いものも平気」
別に辛いものが嫌いだからと言うくらいで、子供のように恥ずかしがるという感覚はなかったが、いつになく好戦的なミトシにウキツも不機嫌さを露わにした。
「文句あんのか?」 「ま、まあ、好き嫌いは人それぞれだから……」
ピリピリとした空気に気が付き、アキが慌ててなだめに入る。しかしその努力もむなしく、ミトシが再びウキツの癇に障る話題を投下した。
「辛くておいしい料理、知ってる。アキ、今度はそれ作る」 「え、う、うん?」 「おかしいだろそれ!っつーかまた来る気か!?」 「アキ。来るなって言わない。僕が来ても、かまわない」 「アキ。来るなって言え。今すぐ言え」 「なんでそうなるんですか!」
困惑するアキをよそに、二人は言いあいを続ける。
「そうなっても、アキが食堂にくればいい」 「はぁ?警備隊でもないのに、入れるわけないだろーが」 「黒き翼に、許可もらう」 「黒き翼って王様……?」 「ちょっと気に入られてるからってすぐに王様巻き込むのやめろ!毎度毎度ずりーんだよ!」
ミトシの方へ身を乗り出そうとするウキツを、アキが割り込んで止めに入った。
「もう、やめてください!なんで二人とも喧嘩してるの!」 「相性悪いんだよ。こいつと」 「ウキツさんは一体どれだけ相性悪い人を作ったら気が済むんですか!」 「ふふ。怒られてる。アキと逃れし者も、相性、悪い」 「別に悪くねーよ」 「そうですね!……って、え?」
一瞬場が静まりかえり、先の自分の発言の意味を理解したアキの顔がみるみる赤くなった。
「ななな、なんてこと言ってるんですか!私、てっきりウキツさんの相性悪い部類に入っているかと思って「悪い」って言うかと思ったから勢いで「そうですね」なんて言っちゃっただけで決して相性が良いだなんて事を肯定したわけではなくてですね、その……」 「ぶっ……くははは!焦りすぎ」 「な、なんで悪くないなんて言うんですか!」
腹を抱えて笑うウキツの横で、アキが熱くなった頬を両手でおおう。
「星読師さんよ。これでも相性が悪く見えるか?」 「……ぶぅ。黒き翼ー!」 「呼ぶな!」「呼ばないで!」
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