灯りを落とした部屋で、タカミの横をすっと人が通り過ぎた。職業柄、夜目が利くように訓練されている。それが何者かはすぐに判別できた。下手な忍び足に笑いが込み上げてくる。
「何やってるの?」
よほど驚いたらしい。アキは小さく悲鳴を上げ、声の出所を確かめようと辺りを見回している。見当違いの方向を向いているのが可笑しくなり、後ろから忍び寄った。
「そっちじゃないってば」
今度こそ大きな悲鳴が聞こえてきそうだったので、片手でアキの口を塞ぐ。その判断は正しく、声を出せなくなったアキはじたばたともがいた。僕だよと声をかけ、落ち着いたのを確認してから手を離す。アキは眉を寄せ怒った顔をしていた。
「心臓が止まるかと思った!」 「そんなに驚くかな。一階に人がいるとしたら、僕以外ありえないじゃない」 「もしかしてって事もあるし、全然気配が無かったから驚いたの」 「ふーん」
本当は気付かれないようにと思っていたのだろうが、観念したアキは手近な灯りをつけ鍛冶炉へ進んでいく。
「で、どうして降りて来たの?」 「少し肌寒かったから、暖まりたくて」
話をしながら手早く火の用意をすると、アキは両手を伸ばして暖を取り始めた。
「寒いの?じゃあこれも使う?」
先刻まで自分が被っていた毛布をアキの方へ持って行くと、アキはぶんぶんと首を横に振る。
「それはタカミの毛布でしょ。大丈夫だよ」 「僕、別に寒くないし」 「でも」
どちらも譲らないまま毛布を行ったり来たりさせていると、はずみでアキがタカミの手を取った。アキは目を丸くして掴んだ先を見ている。何を言うのか待っていると、アキは反対の手も使ってタカミの身体を引っ張った。
「何するのさ」 「いいから。タカミもこうやって手、伸ばして」
アキが真似るように言うので、同じように炉へ手を伸ばしてみる。
「どう?暖かいでしょ?」 「それがどうかしたの?」 「どうかしたの?じゃないよ。心配してくれるのは嬉しいけど、タカミの方がずっと冷えてるんだもの」 「これくらい普通だよ」
アキよりも鍛えてあるし、と言ってみせると、それはそうなんだろうけどと呟くのが聞こえた。
「ほら、二人の方が暖まるし」 「そうなの?」 「そうなの」
炉が熱いのだから二人も一人も関係ないのに、自信満々で言い切るアキが可笑しい。くすりと笑うとアキが不思議そうな目をこちらに向けた。
「何?」 「何でもない」 「あ、またそうやって隠そうとする」 「アキが可笑しかったから笑っただけ」 「私、可笑しな事なんてした覚えないんだけど?」
不満そうに口をとがらせる様子がまた面白くて、タカミをむずむずさせる。
「変なアキ」 「もう。それはこっちの台詞です」
そう言うアキの表情は一変して楽しそうだ。これだから、次はまたどんな表情をするのか気になってしまう。いくら見ていても飽きないのだ。
|