「ねえ、アキ。アキ?」
何度呼びかけてみても、アキは勘定台にうつ伏せたままだ。体を起こす気配のないそれを見下ろしながら、タカミは首をひねった。
「何してるの?」
体を折り、両肘を勘定台に乗せる。ねえねえと呼びかけ続けてもやはり反応はなく、タカミは話しかけるのをやめた。アキが何を考えているのかさっぱりわからない。
そっちがその気なら、とタカミは退屈しのぎを思いついた。無防備に放られた片手をすくいあげる。自分から触れておきながら、その柔らかさにぎょっとしていると、アキが身じろぎして手を引っこめようとした。ぐいっと引っ張り返してそれを阻止する。こうまでしたら、たとえ本当に意識を手放していたとしても気が付きそうなものだ。アキの瞼が持ち上がらない事をいい事に、タカミはアキとの距離を段々と詰めていった。
不意に、どん、と肩を押され体を押し戻される。顔を真っ赤にしたアキが、抗議の目でうったえていた。
「ひ、人が寝てる間に何しようとしてるのよ」 「えー?寝たふりでしょ?」 「そんなことないわ」
アキが驚いた顔をして否定する。その反応はタカミにとって不思議だったが、アキは頑固だからこの後も本当に眠っていた、の一点張りに違いない。
「ま、別にいいけど。それより、お腹すいて倒れそう。早く何か作って」 「……だと思った」
小さくため息をつき、アキが調理場へ足を向けた。
「何が食べたいの?」
返答を求めてアキが後ろをうかがおうとする。アキについて歩いていたタカミは、立ち止ったアキにぶつかりそうになり、寸でのところで耐えバランスをとった。こちらを見上げるアキと、アキを見下ろすタカミとで目が合う。
「起きてる間ならいい?」
タカミの言葉にアキは二、三度目を瞬いた。後ずさりをしようとして、しかしそれよりも前にタカミの腕がアキの胴体をとらえている。
「ちょっと、まだ答えてない!いいなんて言ってないでしょ」
その言葉に律儀に従うと、アキが気まずそうな顔になった。
「タカミって」 「何?」 「何でもない」 「なに」 「いつもはそんなに問い詰めてこないのに、どうしたの?」 「だって僕のことなんでしょ」
間髪入れずに答えると、アキが困ったような顔をして笑う。腕を引かれ体を前屈みにすると、額に柔らかい感触があたった。
「ほら、ご飯作るから離して」
額に触れたばかりのそれがそんな事を言う。タカミは拗ねた顔をしながらアキを手放した。
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