ガイがバチカルに立ち寄ったという話を聞いたナタリアは、立ち寄りついでに顔を出すよう伝えさせた。伝言を聞きやってきたガイを、今は自身の執務室に招き入れている。メイドに茶菓子を用意させ彼に座るよう言い、自分は机に戻るとたまった書類をめくりあれこれと首をひねった。
「もしかして邪魔してないか?やっぱりどっかで時間を潰して来るよ」
ガイが席を立とうとするのを見てナタリアも慌てて立ち上がると、彼はナタリアの過剰な反応に驚いたようだった。
「……やはりあなたにとって、今もこの城はいづらいものですか?」
何も知らなかった頃のナタリアはぶしつけに彼を城に呼びつける事もあり、それでも顔を見せない彼を叱り飛ばしていた。今は彼が寄り付かない理由もわかっているつもりだ。ただ、忙しさを言い訳についこちらへ来て欲しいと頼んでしまう。
「……え?仕事の邪魔かと思ったんだよ。まだこんなに書類があるじゃないか。さっきから話していてあまり進んでない。」
「あなたが気にする事ではありません。」
頑なに引きとめようとしたせいで不審に思われしまったかもしれないが、勢いに負けたガイの方が折れ、わかったと言うとまた席に落ち着いた。その後も他愛もない話をしながら書類に目を通す。一段落着いた時点で窓を見ると、すっかり日が落ちていた。
「待たせてごめんなさい。やっとちゃんと話ができますわね。」
上機嫌で彼を見ると、彼のほうはあまり嬉しくはなさそうな表情をしている。待たせすぎて機嫌を損ねてしまったのだろうか。少しわがままがすぎたかと罪悪感がよぎる。
「あの……」
「無理してないか?」
思わぬ言葉に目を丸くする。てっきり悪いところを指摘されると思っていたのに、ガイは労いの言葉をかけてきたのだ。
「仕事の後で疲れてるだろ。俺とナタリアの仲なんだ。そんなに愛想を振りまかなくたっていいよ。ん、俺とナタリアの仲なんて言ったらお偉いさん方に睨まれるか。姫としがない散歩係だからな。」
「呆れましたわ。どこまでも人が良いんだから」
「怒るとでも思った?それより、あんまり機嫌良さそうに振舞うから気になってたんだよ。」
「機嫌が良かったのは、あなたに会えたからです」
恋人らしいセリフも、やや喧嘩腰に言ったのではなんの効果も無い。ガイも納得がいかないらしく、ナタリアが嘘の笑顔を貼り付けていると思っている。
「どう言えばわかってもらえますの?」
「ただ、普段のキミらしく振舞ってくれればいいだけだよ」
「無理を言わないで。あなたの言う事は矛盾だらけですわ。」
「え?」
泣けば笑顔になってと言うし、笑顔でいようとすると心配をする。どこまで見透かされているのか。彼の洞察力は驚嘆に値する。心配性が過ぎる感も否めないが。
「あなたが優しいのはわかっていますから、心配してくれたのは嬉しいですわ。ありがとう。でも」
「俺はこういうところでしか役にたたないだろう。実際の公務なんかになったら蚊帳の外だ。」
「そんな風に思っていましたの?何であろうと、あなたがいるだけで私は安心しますのよ。」
面食らったようになり、ガイが頭を掻く。
「論点がずれてないか。これじゃあどっちが励まされてるんだかわからない」
「向こうでなにかあったのですか?」
「なんでもないよ。キミの仕事に嫉妬してただけだ。」
「まったく。人が真剣に聞こうとするとすぐこれですもの。笑顔であって欲しいのは、私も同じですのよ。」
「男の笑顔って……改めて言うと気持ち悪くないか?」
「どうして?」
「あー、うん、気にしないでくれ。」
「私はまだ納得がいっていません。あなたに会えて、機嫌が良かったのは本当です」
ガイが肩を竦める。まだ信じられないのかと気に喰わずにくってかかると、やっぱり思い違いだったかも、と彼は早々に白旗をあげた。
「そうやって筋を通したがるところはナタリアらしい。」
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