出掛けようと声をかけられた頃、時計の針はちょうどてっぺんに集まろうとしていた。
「今からですか?」
問いかけに対して当然と頷くシンは、誘うと言うよりも連れて行くことは決まっていると言う風だ。いつものにこやかな笑顔でない事も気になり、アキは手を引かれるままシンの背中を追った。暗い雑木林の中を器用に進んでいく。行き先には心当たりがある。思ったとおり、しばらくしてアキがたどり着いたのはあの湖だった。湖面が星や月の明かりを反射しているので、人工の光が無くとも湖の周りは明るい。シンが座って足を投げ出すと、アキも隣に腰をおろした。
「あれ、そっち?」 「え?」 「こっちに来たら」
シンは自分の前の空いたスペースを示している。アキは真っ赤になって首を振ると、シンから少し離れた。笑われているのが気配で伝わってくる。
「もう何も沈んじゃいないけど、ここに来たらアイツと話せるような気がしてさ。らしくないかな?」 「いいえ。この湖はいつ来ても穏やかで堂々としていて、私もなんだかカスガさんみたいだなって思います」
シンは優しく微笑むと、伸ばした手をアキの手に重ねた。
「仲良くやってるって、たまに報告しとかないと祟られそうでしょ」 「そんな、祟るだなんて」 「すっごく不本意だけど、カスガって女の子のこととなると俺への信用ゼロだからさ。……な〜んかカヤナちゃんにも見張られてる気がしてきた」
身震いしてみせるシンに声をたてて笑う。けれど、微塵も心配がないと言うのは嘘だった。見た目もさることながら、人当たりが良いシンは女性から好かれやすいのだ。
「私も疑ってますって顔だな〜。ショック」 「ご、ごめんなさい」 「まあ、これから否ってくらい分かるだろうから。まずは心配しないで。俺がこんなに愛しいと思ってるのは、今までもこれからもアキだけだよ」
ぽうっとシンの瞳を見つめる。さっき確かに距離を置いたはずなのに、気付けばぴったりと寄り添っていた。
「眠たいんじゃない?休んでいいよ」 「平気です。こんな所で寝たら風邪ひいちゃいそうですし」 「それはご心配なく」
身体を引き寄せられ、後ろから抱きすくめられる。温かな体温と鼓動が緊張をほぐしてくれているようだった。
「私は温かいですけど、シンさんが」 「ずっとこうして抱き締めてるから大丈夫」
いつも優しいシンが、時々こうやって強情になる。有無を言わせない態度には戸惑うけれど、そんな気持ちはすぐにどこかへ行ってしまうのだ。アキは身をもたれると、そのまま目を閉じた。
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