「ア〜キちゃん」
にこやかに笑みを湛えてやってきたシンを一瞥し、アキは鍛冶炉に向き直る。
「こんな時間に鍛冶?」
投げかけられる言葉には一切答えず、同じ石をいくつか並べ見比べた。
「明日にしたら」
振り向かずとも、声の発生源が近づいてきているのはわかる。シンはカウンターによりかかり、腕組みをしてアキを見下ろしている。アキが背を向けているのは話しかけないで、の合図であるし、それ理解しながらシンは話すのをやめないのだ。
「寂しいなあ」
くすくすと笑いながらシンが言う。アキはムッとして手を止めた。集中できず、そこにあった石を睨む。ひとつに結ってあるアキの髪の毛先を手元で弄びながら、シンはアキの気を引こうとしていた。
「何か喋って?」
シンの言葉にアキは一層口元を結び、声をだすまいとする。口を開けばほだされ、簡単に許してしまうに違いない。また何事もなかったようにされてしまう。アキはいつもシンのペースに惑わされるばかりで、自分がシンにかなわない事を知っていた。だからこそ、今回の決意は固いのだ。
「カヤナちゃんと稽古するの、黙ってたのはごめんね。でも、すぐ切り上げたでしょ?今までだったらほんと、血がでても続けてたよ」
アキの左手を両手で包み、身体を半分振り向かせる。アキは視点を定められるものがなくなり、仕方なく暗闇の中板張りの床を見た。
「そんな怖い顔しないで。ね?」
チラリと顔を見てしまった時点で、アキの負けは確定だ。律していた気持ちが途端に様々な感情であふれ、アキは眉を寄せた。
「もういいですから、今日は帰って下さい」 「うん?」 「もういいです」
シンの手から自分の手を引き抜いて、アキはその場を離れる。困惑した表情のシンが、その行き先を目で追った。ふてくされたまま2階へ向かおうとするアキをシンが呼びとめる。
「アキちゃん?」 「……何ですか」 「ううん。……明日、デートしようか。何か欲しいものがあったら買ってあげる」
アキがその場で目を瞬くと、シンは言葉を続けた。
「アキちゃんにプレゼント買うくらいのお金は別枠であるよ?だから、ね?」
階段を上りほんの数段で立ち往生するアキに、シンが再び近づく。
「もう少し声が聞きたいな。待ち合わせの時間も決めないと。ねえ。こう見えて、喋ってくれないの、結構こたえてるんだよ。」
まさかと思いアキが顔を向ける。シンは切なそうにアキを見上げて、ね、と言い、口元は笑おうとしていたができていなかった。
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