蜜よりも甘く

手早く依頼を書き留め階段を駆け上がる。今日は午前中で店を閉める予定だったと言うのに、間際に来店した常連客とつい話し込んでしまったのだ。約束をしていたウキツはすでに2階に上がっている。退屈しているに違いない。

「ごめんなさい!」

ウキツの側で正座をして頭を垂れると、別に、と言う返事が返ってきた。視線だけ動かしおそるおそる様子を窺う。ウキツは特に怒った様子もなく、アキが用意しておいたお茶をすすっているだけだ。

「注文あったんか?」
「う、うん。農家の人で、日雇いの人を増やすことにしたから道具が必要になったって。たくさん依頼もらっちゃった」
「ふーん。その感じなら、剣の注文が取れなくなったせいで稼ぎが減ったー……って事にはならなそーだな?」
「今のところ大丈夫。でも、それも覚悟の上です。それでも私、ウキツと契約がしたかったから」

どちらかと言えば契約の剣を作る時間がもう少し欲しいくらい、と付け加えようとしてウキツを見ると、お茶でむせたのか、ごほごほと咳をしている所だった。

「あれ、渋かった?」
「へ、平気だっつの」

落ち着いた所で背中をさすっていた手を離す。不思議に思って気になりつつも、あんまり見ていては怒られそうなので視線を戻した。

「な、なあ!」
「はい?」

力のこもった様子に目を丸くしながらウキツに応える。顔を向けるとウキツの左手が伸びてきて、そのままアキの頬に触れた。

「お前、その、いつからなんだ?」
「……えっと、何の事?」
「……やっぱいい……」

理解するにはあまりにも単語が少ない。アキは離れかけたウキツの手を両手で包み、慌てて食い下がった。

「ちょ、ちょっと待って。さっきの話と関係してる?契約の剣はいつから作るのかって話?」
「いや、そうじゃなくてよ」

何、としつこくたずねてみても、ウキツはなかなか答えてくれない。アキはぐっと唇を結ぶと、眉を寄せた。

「いーんだ。忘れろ。ヘコんで終わる気するし」

なかなか答えようとしないウキツを、アキはそのままじっと見つめた。言いたい事を言えずに飲み込んでしまうのは、ウキツとアキの悪い癖なのだ。

「んな顔すんな!あーあーもう言いたくねー。……フザけんの無しだかんな。わかってんな?」

話してくれると分かり、アキはパッと表情を明るくした。ウキツが頬を赤くするのを見ていると、知らぬ間に視界を塞がれる。包み込まれたのだとわかり、アキは姿勢を正して顔を出した。アキの鼻先にちょうどウキツの肩がある。

「それでだ。……いつ、その…………好きになった?」
「何を?……えーと、あ……ウキツをってこと?」

返答はなかったけれど、多分そうなのだろうと思った。

「……いつからかって聞かれるとなんて答えていいか……」
「じゃ、……じゃなんだ?お前、オレから言われて拒否しなかったっつーだけで、そう言う感情はねーのかよ!?」
「ち、違う!そんなワケないでしょ!?」

小声でも容易に会話のできる距離だと言うのに、ウキツが大声を出すのでついアキも同じようにしてしまった。ウキツが声のトーンを落ち着かせると、改めて言う。

「じゃー答えろ」
「そ、そんなにせかさないで。ウキツの事は元から友達として好きだったし、それがいつ恋愛感情に変わったのかって聞かれると……ヤスナについて、私とカヤナを逃がすためにウキツとサナトさんが戦う事になった時。あの時はもう、ウキツの事、そう言う風に好きだったと思うのよ」
「……そか」

聞きとれるかどうか、と言うくらいの安心しきった声が聞こえてきて、ウキツがホッと息を吐くのがわかった。

「ウキツは?」
「オレは……って前、言ったろ!?また言わせる気か!?」
「詳しくは聞けていないし……」

アキがそのまま黙りこむと、ウキツは面倒くささと恥ずかしさの入り混じった様子でうめき、頭をかいて既に見えていないと言うのにさらにそっぽを向く。

「色々あってヨロハに行って、アキのじーさんの世話になった時」
「おじいちゃんを好きになったから、私の事も好きになったの?」
「ちげーよ。なんでじーさんに惚れなきゃなんねーんだよ!」
「だって……」
「だから、じーさんと話して、待ってる人がいるから頑張れたっつー話を聞いた。色々思い浮かんだけど、お前もその一人だと思ったんだ。んで、独房で色々考えてさ?お前は友達でもあるけど、もっと特別な気が、して……って何言わせてんだ!!」

とろけそうな程に顔を綻ばせていると、つい笑い声がもれてしまった。申し訳なく思いつつウキツを見ると、顔どころか耳や首まで真っ赤になっている。

「もう恥ずかしくなるようなこと聞いたりしないから。ウキツ?」

呼びかけると、しばらく動かなかったウキツが少しも熱の引かない顔でアキの方を向いた。怒っている風ではなく、ただ、恥ずかしさが限界点を超えたと言う感じだ。

「もう、知らねーからな。こーしてやる」

ふわりと体が傾き、背中が床についた。天井を見上げていたはずの視界はすぐに真っ暗になる。降ってきた口付けはいつもよりずっと深く長いもので、アキが酸素を求めて身をよじっても止むことがなかった。



・ CLAP