思い出話

「アキー!酒!三人分な!」
「はーい。お客様ですか?」
「ま、そんなとこ。お前も早く来いよ」

仕事から帰っての第一声が飯、か、酒、であると言うのにはとうの昔に慣れていた。それにしても、随分と機嫌良さそうにしている。お盆にお酒と摘み物をのせて部屋に入った時、アキは目前の光景に目を見開いた。ウキツと向かい合わせで座る人物はいかにも高貴そうな雰囲気を醸し出している。さらりとした濃紺色の髪は肩にかかるくらいの長さでありながら、すっきりとまとめられていていやみがない。その人はアキに気がつくと、整った顔を崩さず柔らかい笑みをたたえた。アキは笑顔をかえすこともできず、固まるしかできない。

「こんにちは」
「おいおい。落とすなよ?聞こえてっかー?」
「は……は……ハヤノさん、ですか!?」
「うん。久し振り。お邪魔してます」
「いついらしたんですか?どうされたんですか!?」

思わず傍に駆け寄った。お盆の存在をすっかり忘れていたため、酒瓶が大きくゆれる。ウキツが慌てた声を出してそれを支えた。

「わぁ。息ぴったりだね」
「そこ、感心する所か?あーちょっと待った。あっちの酒にしよーぜ」

ウキツが何かをひらめき席を立つ。おそらく、コレクションしているお酒のどれかをもってくるのだろうと思った。まだ頭をぼうっとさせていると、ハヤノがくすりと笑い、座ったらと椅子を指さす。

「こちらにはお仕事ですか?」
「うん。こちらの王にはもう挨拶したよ。いつぞやは妹が大変なご迷惑をおかけして、ってね」
「アサトちゃん。どうされてます?あ、もう、ちゃんって感じじゃないかな……」
「ふふ。アサトは嫁いだよ。ちなみに、僕も結婚してね。子供が二人いるんだ。ウキツとアキさんの子より、少し大きいくらいかな」
「そうでしたか」

意志の強そうな眼差しは王様らしかったけれど、物腰の柔らかい所は当時とかわっていないようだった。

「こっちのこと、ずっと気になっていたんだ」
「タカマハラのことですか?」
「と言うよりは、ウキツとかアキさんとか、おもに僕が関わった人たちの事かな。ウキツはアキさんの事が好きなんだろうと思っていたしね」

意外な言葉に目を瞬いていると、にこにことしていたハヤノが少し顔を歪める。原因はすぐにわかった。

「なーに勝手なこと言ってんだ?」
「あははははは。ウキツ、早かったね」
「んな話、一回でもお前にしたことあるか?」
「ないよ。でも正解でしょ?」
「……っ、お前な……」

ウキツは力を込めた拳をわなわなと震わせている。アキは苦笑いしながらそれぞれのグラスへお酒を注いだ。

「変わってねーな」
「ウキツも。アキさんは綺麗になったね。ね、ウキツ?」
「知るか!」

そんな答えが返ってくるだろうとは思っていたけれど、ここはハヤノと言う強い味方がいるうちに少しからかってみたい気がした。方法は簡単、じっとウキツの目を見て、目が合っても何も言わずにそらす。どうしたと聞かれても黙ったままだ。

「おい。本気にしてんじゃねーだろーな」
「何がです?」
「だから、その」
「何こそこそ話してるの?」

楽しそうなハヤノの声と、顔を俯かせ肩を震わせるアキに、どうやらウキツも気がついたようだった。気が抜けたと言う様子でだらしなく椅子によりかかる。

「くだらない事考えやがって」
「ウキツが優しいからだよ」
「だってさ。お前もそー思う?」
「もちろん。思いますよ」

即座に答えて微笑めば、仏頂面をしていたウキツも表情を緩めた。

「ほんと、変なやつら」



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