誓いの剣

遅刻も覚悟して訪れた広間は華々しく飾り立てられ、豪華な料理も並んでいると言うのに、クラトもミトシもオウバも警備隊の正装ではなかった。普段着とも違うが、堅苦しいマントを背負っているのはウキツだけだ。いいからいいから、と背を押され、無理矢理座らされる。好奇の視線をあちらこちらから向けられていた。いつものパーティよりは人が少ないように思えるし、周りにいるのも知った顔ばかりだ。よく見ればチナキや、いつかウキツを平手打ちした女までいるではないか。

「どうなってんだ?」

不審感をもって問い詰めようとしたところでパッと灯りが落ち、重苦しく扉を開く音がする。現われたのは王サマと、その手に白い手袋をはめた手をのせエスコートされている女だ。純白のドレスは縁に薄桃色の花模様が丁寧に縫い込まれ可愛らしい印象と思えば、露わになった肩や胸元のラインと、そこからのぞく健康的な肌からは大人っぽさも感じられる。なんとなしに女の顔を見るなりウキツは絶句した。

「主役が揃ったのだ!」

楽しそうに王サマがあげる声にも気がつかない。ウキツは呆然と、花嫁らしき格好をさせられたアキを見ていた。

「ウキツさん、迎えに行って下さい。ほら」

背を押されふらふらと明るい方へ足を進める。王サマがその手にとっていた手をウキツへと至極自然な動作で移した。

入れ替わり立ち替わりでウキツとアキの席へ人が寄ってくる。元はクラトが少数での催しを企画していたらしいが、どう言う経緯か話が王サマに届き、事が大きくなっていったのだそうだ。頬杖をつき、反対の手でグラスをころがす。はあ、とため息をついた。

「お前も、なんつーカッコしてんだ」
「ご、ごめんなさい。お城に連れ込まれて、気がついたらこんな事に……。でも、こんな綺麗な格好するの初めてで嬉しいなって思っていたりもするんだけど。怒ってる?」
「別に、怒ってねーよ」

ちらりとアキの方を見て、すぐに視線をそらす。

「なんじゃ、喧嘩をしておるのか?」

上座にいたはずの王サマが、ウキネを連れて二人の元へ近づいていた。重い腰を上げ姿勢を正すと、アキもそれに倣う。

「いえ。私どものために、このような会を開いて頂いて、ありがとうございます」
「気にするでない。しかし、余はそろそろ席をはずさねばならん。その前に二人が誓いを立てる所を見ておきたいのじゃ」
「……は?」

懸命に使い慣れない敬語を使おうとしていたのに、王サマの突飛な発言がそれを遮った。ウキネが後ろで顔をしかめている。誓いを立てるとは、つまりそう言うことだ。人前でそんな事ができるか、と頭に血が上るのを感じながらアキを見るが、アキはわかっていないようで目を瞬くだけだ。いつの間にか周囲の視線もこちらに集まっている。

「ウキツ?」

心配そうに顔を覗き込んでくるアキに、顔をよせて耳打ちした。

「走るぞ」
「え?」

首を傾げるアキの手を取る。周りのざわつく声が一層大きくなった時、ウキツはアキを連れ脱兎のごとく駆けると広間を飛び出した。陽はすっかり沈み、廊下を走り抜ける邪魔をするものもいない。そのまま城を出ると、息をきらせるアキを休ませる間にウキツは馬を一頭拝借してきた。まだ苦しそうにしているアキを持ち上げて馬にのせ、自分もその後ろに跨る。

「生きてっか?」
「生きてます、けど、」

絞り出すような声に込められた不満の意を感じとり口の端を上げると、そのまま馬を歩き出させた。ヤカミを出る頃にはアキの息も整うはずだ。

「どこへ行くの?」
「さーて。なんなら国外逃亡してみる?王サマの命令を無視しちまったし」
「こ、国外……!?」
「バーカ。冗談だよ。せっかくそんなカッコしたんだから、じーさんにも見てもらいてーだろ?」
「あ……うん」

頷くアキの頭に手を置き、前を向かせる。広間では気恥ずかしくてじっくりとアキを見る事ができなかったが、二人になってやっと落ち着いてきた。ふと、アキの腰辺りにある飾りが、綺麗に宝石を埋め込まれてはいるものの、衣装のわりに物騒なものだった事に気がつく。

「どした、これ」

柄を持ち引き抜くと、現れたのは良く研がれた鋭い切っ先の短刀だった。一見飾りにも見えたが、これは実戦で使えるものだ。それも相当質が良い。なぜアキがそんなものを持っているのか。

「あ、それは……」

アキは口ごもると、もう一本をウキツへ差し出した。

「クマヒで作ったの」
「なっ!?これ、契約の?」
「うん。いつ渡そうかと思って持ち歩いていたんだけど、他の人には飾り物に見えたみたいで。ほら、私たち以外は鞘から抜けないじゃない?」

一気に重みが増した気がする。初めて触れたのに不思議と手になじむのも、力がみなぎってくるような感覚も、これが自分のために作られた剣だったからなのだ。受け取った短刀を早速腰に下げる。手綱を片手にまとめ、反対の手でアキを引き寄せた。

「ありがと、な」
「はい」

アキが頷き、こちらに顔を向ける。目を合わせ、こいつの事はオレが生涯守っていく、そんな風に思いながら軽く触れるくらいの口付けを交わした。誓いなら、この剣に立てるべきと思ったのだ。



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