さぷらいずでぇと

月の終り、締め日が近づいていた。月末は依頼だけでなく、帳簿の確認やら提出書類の作成に時間をとられ目が回る。それを知っているウキツがどうしても、と言うので、アキは仕事もそのままに家を出た。けれども、いつかモルトカででぇとをしたような店に連れて来られた以外、特段変わった様子はなかった。

「食わねーの?」
「あ、ううん。いただきます」

たっぷりのクリームをすくってシフォンにのせる。一口大に切って口へ放り込むと、自然と口元が緩んだ。視界の端で呆れた顔をするウキツをとらえる。笑われていた。

「ん?なんだ?」
「大げさと思うかもしれないけど、とってもおいしいんだから。はい」

差し出したスプーンをウキツがくわえる。感想を待っていると、同意とは違うであろう表情が返ってきた。

「ま、良いと思うけど。量はいらねーな」
「えー?そうかな?」

再びシフォンを切り、自分の口に運ぶ。甘すぎず軽い口当たりで、アキならいくらでも食べられそうだった。と、左右へ視線を動かす。店内にはアキ達以外にも男性と女性の組み合わせが何組かいたし、女性同士でお喋りする姿も見られた。

「あ……!」

先の自分の行動を思い出して、一気に頬が熱くなる。ウキツが気がついていないのがせめてもの救いだ。そう思っていたけれど、どうやらウキツも気がついたようだった。黙り込んでそっぽをむいてしまう。アキは他の話題を探し、口を開いた。

「そう言えば!戻ってきてもうすぐ1年なんだよ?」
「……だな」

ウキツがそれを知っていた事に驚きながらも、アキは話を続ける。

「だからね、お店も契約更新の時期なの。いつもより必要な書類が多くて……」
「それ、まだ提出してないだろーな?」
「うん。でも明日にはと思っているけど」
「明日!?」
「どうかした?」
「いや、別に。……それってさ」

裏返った高い声に目を瞬く。ウキツが取り繕うように咳払いをした。

「どーしても契約更新しなきゃなんねーって事はねーんだろ?」
「更新しなきゃお店にいられないけど……?」
「ほら、これを機にもっと広い家探してみたい、とかさ」
「そんな事、全然。でも、もう期限がせまってるから探しても間に合わないんじゃないかな。来年とか……」
「んな待てるかよ。それじゃダメだ」

言ったきり、一人で考え込む姿にアキは困ってしまう。考えあぐね、どうしたのかと尋ねようとしたちょうどその時、ウキツが勢いよくこちらを向いた。

「ようは、鍛冶場のある家がありゃいーんだろ?」
「うん、まあ……」
「そーいうつもりでいるからさ」
「ど、どう言う?」
「心配すんなって事」

まるでウキツがなんとかする、と言うような言い方にきょとんとしながら曖昧に頷く。

「よし。じゃ見に行くぞ」
「……はい?」
「当分は賃貸だろーけど、早いとこ家作って……」
「……家?」
「ついでにアレも見に行くか」
「アレって?」
「……指輪、……とか……」

全く話についていけずにいると、ウキツが大きくため息をついた。

「だーかーら」

言い聞かせようとアキを見たものの、耐え切れないと言った様子で顔をそらされる。

「…………結婚、……しよう、って話、だよ」
「けっこん……?けっこんって、あのけっこんですか?」

念のため確かめようとすると、ウキツが恨めしそうにアキを見た。

「他にあるなら説明してみろ」
「いえ、あの、……よろしくお願いします」

本当は冗談を言う余裕もないほど頭が混乱している。そう言う話が出てもおかしくない関係ではあったけれど、ウキツはなかなか恋人らしい言葉なんてかけてくれないし、束縛されるのも嫌がるし、それでなくとも今は仕事で忙しくしていたりして、とてもそんな言葉が出てくる状況とは思っていなかったのだ。

「あんま、そう言う感じじゃ……ねーか」
「ううん!そんな事ない。嬉しい。すごく」

ちゃんと今の気持ちを伝えたいのに、言葉がつかえてしまう。見かねたウキツがアキの方へすっと手を伸ばした。大きな掌がアキの頭を撫でる。瞬間、胸がじわりと熱くなり、瞳も潤んでしまったけれど、言うべき事がわかった気がした。精一杯の笑顔を向けると、ウキツも優しく見つめ返してくれる。

「ありがとう」



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