これからの話

「逃れし者」

食堂で顔を合わせるなり、ミトシが朝食のスープ片手にウキツの服を引っ張った。

「飽きないねーその呼び方」
「アキは?」
「帰った。ちゃんと家まで送り届けたよ。つーかお前、昨日の勝負忘れてねーだろーな?」

意地悪く微笑んでミトシを見下ろすと、後ろから神経質な声が飛んでくる。

「ウキツさん、ミトシとまで賭けた、なんて言わないでしょうね?」
「言いだしたのはこいつだぜ?つー事で、マテ酒1本!お前が買えるよーになるまでつけといてやる」
「ウキツさん!」

クラトが咎める声と、もう一つウキツを呼ぶ声とが重なった。顔を向けると、オウバが仁王立ちしてこちらを見ている。

「やべ、今日おやっさんと組む日かよ。んじゃーな!」

素早くオウバの隣に移動し、ぎこちない笑顔を向けた。オウバは仕方ないと言う風にため息をつき、巡回のコースを歩きはじめる。

「あ、おやっさん」
「どうした?」
「アキが、綺麗なお部屋をありがとうございました。って」

自分にはあわないと喚いていた事はもちろん黙っておいた。オウバが満足そうに頷いている。そう言えば、この人には子供がいるし、亡くなったと聞いているが奥さんもいたのだと思いついた。

「おやっさんって、警備隊ができるまでは家から通ってたのか?」
「城にか?いいや。少し離れた所にあるのでな。こっちに自室をもらっていた」
「じゃ、家は奥さん一人か?」
「妻は体が弱かったから手伝いを雇っていたし、帰れる時は帰るようにしていたさ」

ふーん、と相槌を打つ。警備隊ができた後、オウバはずっと城で暮らしていたらしい。

「ふむ。だが、そろそろ隊に妻帯者が出てきてもおかしくないからな。取り決めを考え直さなければならないかもしれん」
「え?おやっさん、再婚するんすか?」
「あのなあ……。そう言う話をし出したと言う事は、私はお前が、と思って言っているんだが?」
「ぶっ……」

呆れた視線を寄こされ、慌てて赤くなる顔を腕で隠した。

「まあいい。しかし、警備隊の性質上、完全に家から通う事を認める事はできん。城と自宅の配分をどうするか……外泊届は省略すべきか……」

ブツブツと独りごちるオウバと並びながら、ちらと窓の外に目をやる。眼下には晴れ渡った城下町が広がり、貴族の暮らす屋敷がすぐ近くに見えた。そのはるか先にアキの店のある商業地区や花街、それに住宅街だ。

「さてと。どーすっかな」



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