その男、触れるべからず

「うわ、わわわわ……」
「アキ?どうした?」

動揺した声をあげ、アキは一歩後ずさりをする。どこか身を隠せる所はないか必死で辺りを見回し、ちょうど良さそうな物陰を見つけるとさっと身を潜めた。

「突然なんだと言うんだ」
「カヤナ、シーッ」

唇に人差し指を当て、黙るようにとうったえる。一人でするには可笑しな動作だったが、それを伝えたい人物は目の前でなく、アキの身体の中にいるのだ。仕方がない。そうして体を縮こまらせたまま足音が通り過ぎるのを待った。

「ふぅ。行ったみたいね」

一つ大きな息を吐く。アキはカヤナが不思議そうにしている事にようやく気が付き、その疑問に答えた。

「あの人が、いたのよ」
「あの人?」
「……ウキツさん」
「それで?」

カヤナののんきな相槌に、アキは肩を落とす。

「それでって、前回あんな事があったのよ?ウキツさん、絶対怒ってるに決まってる。顔あわせたらどんなひどい事言われるかわからないじゃない」
「剣を取り上げた時の事か?」
「そうよ。それでなくても会うたびに嫌な事言われてきたんだもの。もう、言葉だけじゃ済まないかも……勝負しろ!とか言ってきたりして」

先日の殺気だった形相のウキツを思い浮かべ、アキはぶるっと体を震わせる。カヤナがにやりと笑った。

「それは手っ取り早いじゃないか。私は負けないぞ?」
「そ、そうかもしれないけど……争いは起こらないにこした事ないでしょ。さ、もう平気よね。家に帰ろう」
「ああ。……逃げ隠れると言うのは私の性にあわないんだがな。アキがそう言うなら仕方ないか」



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