廃墟の奥、あまり日の差し込まない一室をカインは臨時研究所にしていた。集中すると時間を気にしなくなる性質は身近な研究者たちに共通している事だけれど、中でもカインはそれが顕著に表れていた。研究所にこもり数日出てこないなんて事も珍しくないので、心配になり食事などを差し入れるようにはしている。今回もノックに反応がないのを確認し勝手に扉を開くと、こてを片手に金属片と対峙するカインの背中が目に入った。
「カイン」
名前を呼ぶとカインの肩がびくりと揺れる。作業の手が休まるのを待ち声をかけたのは正解だった。でなければカインは手元を狂わせ異なる配線をつなぐか、もしくは自身の手に火傷を負っていた所だ。
「ナナミ!?」
はじかれたように身体を振り向かせるカインを見ていたら思わず口元が緩む。カインは目を瞬き、おそらく状況はわからないながらも一応の笑顔を返してくれた。床に散らばったコードを避けカインいる場所まで向かおうとする。慌てた声に制止された。
「私が行こう」
完全に作業を中断させてしまった事を申し訳なく思いながら、カインがやってくるのを待つ。
「ごめんね。すごく大事な用があるんじゃなくて……ちょっと様子が気になっただけなんだけど」
「構わないよ」
カインは何故だか胸を張ってみせた。
「また皆が言い合いを始めちゃって。こっそり抜けてきたの」
「言い合い?まったく、懲りないな」
四方をふさがれ始まったそれを思い出し肩をすくめる。カインにも想像ができたらしい。何か考え込むように顎に手を当てた。
「だから、落ち着くまでここにいても良い?」
「もちろんだとも。待ってくれ、今椅子を」
「ここで大丈夫」
床へ座り込むついでに、カインの手を両手で引く。体勢を崩したカインが尻もちをついたけれど、こう言う事をしてもカインは絶対に怒ったりしない。
「ナ、ナナミ?」
「ふふ……ごめん。でも、話し相手になって欲しくて」
カインが何かを閃き、勢いよく顔を近づけてきた。驚きで無意識に持ち上げてしまった両手をカインが両手で包む。
「そうだ!この間話した新しいロボットなんだが。うん、今度こそ君の話相手をできるロボットを目指しているよ。もちろん護衛機能を搭載して、家事の手伝いもできないかと思っているんだが、いかんせんロボットは水に弱いから」
「がんばってるんだね」
「ああ!」
満面の笑みが眩しい。ロボットの構造などの話になると全くついていけないけれど、この笑顔を見るのは好きだ。カインの方が年上なのに、まるで姉にでもなった気分になってくる。楽しそうにしているのをさえぎるのは悪いかなと思いながらもカインを見上げた。
「ロボットも嬉しいけど、でも、カインが話相手になってくれたらそれで嬉しいんだけどな」
カインは動きを止め、頬を赤くさせたかと思うとようやく距離の近さに気が付いたらしい。じっと視線を通わせていると、こらえきれないという風に顔をそむけた。その姿に笑って腕にまとわりつく。
「ナナミ、あんまりくっつくと、その……」
口ではそう言っても引きはがすような強硬手段をとれないのがカインだ。顔を上げ目を閉じてみる。しばらくして、空いた方の手を頬に添えられた。いつもより熱い体温に目を開いてしまう。さっきよりずっと近い距離にカインの顔があった。目が合ったら避けられてしまうかと思ったけれど、どうやらそんな心配はいらなかったらしい。目を細めて優しい顔をするカインにこちらの方が照れて、視線を避ける事もできないので目をつむる。カインが小さく笑ったのがわかった。
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