ありえない事でないのはわかっていたつもりだ。けれどできればそんな話を聞く日は訪れて欲しくなかった。胸の痛みはちくりどころでは済まない。心臓をえぐられるような痛みに襲われリュカはうずくまった。
「ナナミの子だ。可愛くないわけない」
たまらず部屋を去ろうとする。浮かれきった耳障りな声がリュカを止めた。
「あらかじめ言っておくが、お前に娘はやらないぞ」 「もう、アルト。まだ女の子かどうかもわからないのに」
ナナミの幸せに満ちた表情が追い打ちをかける。冗談に笑って返すだとか、周りに倣って祝うなんて気持ちには到底なれない。涙が出そうだった。それからしばらく距離を置いていたけれど、すぐにそうもしていられない現場に遭遇する。アルトにどうしても断れない仕事が入り、しかしナナミは採集に行くと言うのだ。リュカは護衛を申し出ざるを得ない。森の奥の採集場につくまでまともな会話はなく、考え事をしているのか、危なっかしい足取りのナナミに手を伸ばしては引っ込めていた。
「冒険者の仕事は上手くいっている?」
ふわりと微笑むナナミを直視できず、曖昧に頷く。冒険者といってもまだ駆け出しで、受けられる仕事は限られていた。何より間近で見て来た本物の冒険者と比べると自分の未熟さを痛感する。アルトはそこかしこでリュカの行く手を阻んでいる、そんな風に考えてしまうのだ。
「聞いたよ。リュカ、隣町で評判だって。すごいね」 「……普通だよ」 「この間、隣町の人がこっちまで依頼に来て頼りにしてるって言ってたよ?女の人からも人気なんでしょう?」
つい顔を上げナナミを見た。聞こえなかったと思ったのか、ナナミは不思議そうな顔をし繰り返す。その上、良い人はいないのなんてたずねられリュカは言葉を失った。
「今はそう言う事、考えられない」 「でも」 「そんな風になっても、こんな気持ちじゃ相手に失礼だし」
少し前のナナミならしつこく追及してきたかもしれない。むしろそうしてくれたらこの想いをぶちまけられたのに、ナナミは口を閉ざしてしまった。気まずい雰囲気の中、再び木の実を探る音が聞こえてくる。同時に、離れた位置からの異質な音も耳に届いた。右手を剣の柄へ運び、注意深く辺りを見回す。
「リュカ?」 「近くに獣がいる」
身構えるナナミに、気付けば驚くほど素直に笑顔を向ける事ができていた。
「大丈夫。ナナミは俺が守る」
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