「そろそろ行かないと」
容器に残っていた冷茶を一気に飲み干す。トウラと挨拶を交わして出て行こうとするクラトに気がつくと、アキは食器を洗う手を止めた。見送りのために外へ出る。まるでこうやって駆け出てくるのは分かっていた、と言うようにクラトが待ち構えていた。爽やかな笑顔を見ると腹が立ってくる。
「さっきも言ったけど。今回は半月くらい戻らないから」 「いつもより長いんですね」 「あ、何か買ってきて欲しいものでもある?」 「いいです。もうタフの町まで行ったらヤスナの品も手に入るんですよ」
愛想の無い答えにも、そうだな、とクラトは笑顔を見せた。不意に腰を屈めてアキの顔を覗き込んでくる。
「もしかして、寂しい?」 「平気です。そうやって子供扱いするの、やめて下さいって言ってるじゃないですか」
口を尖らせ抗議すると、クラトは肩をすくめた。
「子供扱いしなくて良いの?」
困ったような視線に射抜かれ、返すべき言葉が全く浮かんでこない。ポンと肩を叩かれ意識を取り戻すと、やはりクラトは幼い駄々っ子をあやす時のように仕方ないなと言う顔をしていた。
「焦らなくても、俺は逃げたりしないよ」
いたずらっぽい笑みに、頬が熱くなるのが分かる。けれども、頬を赤くしだしたのはアキだけではなかった。
「……クラトさん?」 「あ、いや……。自分で言っておいて何だけど、今のは」
言いにくそうに、クラトが額に手を当て顔をそむける。それが何を示すのかはアキにもわかった。込み上げてくる可笑しさを少しもこらえずたずねてみる。
「もしかして、照れてる?」 「アキを元気付けようと思ったんだよ。……こら」
つんと額をはじかれ、それでもアキの機嫌は良いままだった。釈然としない表情のクラトを笑顔で送り出す。
「いってらっしゃい。気をつけて」 「……いってきます」
一度は馬へと歩き出したクラトが、突然踵を返した。頬に柔らかいものが触れ、離れて行く。
「じゃあ」
こうやって格好付けるところはアキよりもはるかに子供っぽい。そんな風に思ったけれど、それは心の内に留めておくことにしてアキは大きく手を振った。
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