コツコツと靴音を響かせながら、しかしアキ自身はそれに気づかぬまま歩みを進めていた。アキのいる位置から廊下の突き当りまではまだまだ距離があったが、横を見れば足元から天井に届くほどの大きな窓がずらりと並んでいた。窓の外には手入れの行き届いた庭園が広がっており、アキは思わず感嘆の声を漏らす。そのまま外の風景に目を奪われていたため、アキは自分の方へやってくる人物に全く気付いていなかった。
「アキ?どうしてここに?」
声のした方を向くと、クラトが驚いた顔をしてアキを見ている。
「あ……前に納品した剣の調子はどうかと思って。あと注文もあればと思って来たんですけど」 「隊長なら確か今日は出かけてるんじゃないかな……」 「そうなんですか。じゃあ、明日にでもまた来てみます」 「ああ。一人で帰れる?」
子供扱いするようなクラトの言い方に、アキはむっと口をとがらせた。
「平気です」
そう言い捨てて横の通路へ向かおうとする。こっちの道であっていただろうか、とアキが考えていると、ぽんと頭の上に手をおかれた。クラトが笑いをこらえた顔でアキを見ている。
「そっちは謁見の間につながる道だけど?」 「わ、わかってます。ちょっと一目で見わけがつかなかっただけです」
クラトはアキをあやすようにはいはいと言うと、正しい帰り道を教えてくれた。
「おれは見回りがあるから連れていってやれないけど、覚えた?」 「はい。ありがとう」 「じゃあ」
片手をあげてクラトがその場を立ち去る。アキは言われたとおりに入り組んだ城の中を歩いた。
「そろそろ出口が見えるはずなのよね」
なかなか出口が見えてこない。心細くなったアキは周囲をうかがうようにして歩いて
いた。
「アキ?」
再びアキを呼びとめる声が聞こえる。ふわりとアキの隣に並んだのはミトシだった。
「ミトシ君。私、正門を目指して歩いてたんだけど……」 「帰る所、だった?ここ、部屋のある場所。正門は逆」
目を丸くするアキを見て、ミトシが小さく笑う。
「僕が案内する。一緒に行こ」
微笑みながら手を差し伸べるミトシに、アキはホッとして頷くとその手を取った。しば
らく手を引かれて歩いていると、正面に人影が現れる。見回りを終えたらしいクラトだった。アキとミトシに気がつくと、二人の顔を交互に見比べる。
「ミトシ、交代。……って、アキ?……どういう状況?」
クラトの視線は繋がれたアキとミトシの手元で止まっていた。アキは一度道を教わった事もあり、気まずくなりよそへ目をやる。
「アキ。家に送る」 「でもミトシは交代の時間だろ?」 「……うん」 「あっ。私なら大丈夫だから、ミトシ君。仕事に行って?」
不服そうなミトシの肩にクラトが手を置いた。
「後はおれが連れて行くよ。ずっとここにいられたら困るし」
ミトシと別れた後、アキはクラトの後ろを少し間隔を空けて歩いていた。
「そう怒るなって」
耐えかねたクラトが足を止める。アキはクラトの先の発言を気にし、ふくれっ面をしていた。
「向こうは隊員の私室がある所だからさ。その、」
言いにくそうに言葉を区切るクラトに、アキは首を傾げる。
「お前、早速ミトシにつかまってたし。ウキツさん……はともかくシンさんは危ないだ
ろ。それに軍部の人間も……」 「……クラトさん?」 「何言ってるんだおれ……ほら、置いてくぞ」
クラトはぎこちなくアキの手を取ると、そのまま歩きだした。
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