門の影に身を潜め片目で辺りの様子をうかがう。迎えの車を寄越すと言われていたけれど、一目で高級と分かるあの重量感たっぷりの丸いフォルムも、それに運転手をつけて乗り回す主と関わるのももうこりごりだった。そう思っていつもより急いで帰り支度を済ませたおかげか、どうやら先回りをする事ができたらしい。意気揚揚と帰路につこうとする。次の瞬間、アキの腕はがしりと誰かに掴まれていた。
「そちらではない」 「きゃあ!ななな、何してるんですか!こんな所で何してるんですか!」
男は慌てふためくアキに何も答えずそのまま引きずって行く。角を曲がった先で見慣れたそれが姿を現し、運転手が扉を開いて立っていた。
「これじゃいつもと同じ……」
言いかけて首を傾げる。いつも門の前を陣取っていた高級車が今日はどうして隠れるように位置を変えていたのだろうか。もしかして、アキがやめて欲しいと喚いたからだろうか。訊ねようと口を開こうとするも、男によって遮られた。
「早く乗らんか」 「はい……」
行き先もわからず、後部座席で身体を縮こまらせる。隣を陣取る男は秘書らしき人とあれこれ話しながら、片手でパソコンをいじっていた。
「そんなに忙しいなら女子高生連れまわしてないで会社で仕事すればいいのに」 「ほう」
隣を見れば、男が液晶画面を見たまま口の端を上げている。細められた目がこちらに向き一瞬怯んだけれど、間違った事は言っていないはずだ。
「今日は着替えさせられたりしないんですね?」 「うむ。その必要はない」 「どこへ向かっているんですか?」 「着けばわかる」
それっきり、男は会話を断ってしまった。アキもたずねるのはやめ、外へ目を向ける。いつもの気後れする光景はなく、通い慣れた繁華街で車は止まった。降り立って違和感を覚える。周りは人でごった返しているのに、目の前の店だけ一切通行人の姿がないのだ。
「やっぱり規制したんですね……」
当然と先を行く男について歩く。遠巻きに同じ年頃の女の子たちから送られる視線が痛い。ただ、いつものように明らかに場違いな空間と違い、この場は制服姿のアキが歩いても別段おかしくはなかった。店の看板は今人気のアイスクリーム屋の物だ。一度来てみたいと思っていたけれど、行列を見るだけで疲れてしまい並んだことがなかった。頼めと言われたので、たっぷり悩んで二人分を注文しようとする。けれど、結局はしびれを切らした男が割り込んできて適当に用意するようにと凄んでいた。
「ありがとうございます」
アイスを頬張る手を止めて言う。今まで一方的に連れまわされるばかりだった事を思えば、今日は随分と気を使われているように感じて調子が狂った。些細な事だったけれど、アキよりずっと年上の男がアキの年頃の考えを想像するのは難しかったのではないかと思う。だから、ついお礼の言葉が口を出ていた。男は意外そうに視線を止めて、ふっと笑った。
「礼が言えるようになったか」 「元から言えます。だって今まではよくわからない場所について行かされるだけだったじゃないですか」 「そんな口を利くのはお前くらいだ」 「…………怒りました?」
恐る恐る機嫌をうかがう。相変わらずのわからない表情だったけれど、不機嫌ではないように見えた。ホッと息をつく。なぜか安堵している自分に気がつくと、アキは首を傾げた。
|