目覚めて真っ先に飛び込んできたのは花柄の壁紙。寝返りを打てば存在感のある黒いシャンデリア。辺りを包む生花の香り。二度寝はできそうもなかった。体を起こし着慣れた普段着に着替えた所で扉が開く。合図も無しに入ってくるのは一人しかいない。不平を言っても効果がないのはわかっているので、アキは叱りつけたくなる気持ちをぐっとおさえてコトヒラの言葉を待った。
「衣裳部屋は見ておらぬのか?」 「案内して頂きました」 「なぜ着ない」
衣裳部屋へは自室を用意されるよりも前に連れていかれたのを覚えている。左にも右にも2段にずらりと並んだ衣類の数々を見せられ、これはお店かと見紛う程だった。
「これが一番馴染みがあるので」 「一度袖を通せ。置いておくだけでは価値がなかろう」 「別に、私が着なくても……」
そこにあったのは普段着と言うより正装に近く、少し引っかけただけでも破けてしまいそうな柔らかい素材で、裾がレースだったりフリルだったりする。この部屋の雰囲気とどこか通じている気もした。
「気に入らぬか」 「そうは言いませんけど、方向性が違うかなとは思います」 「ふむ。若者が好む物をと命じたはずだが。今の担当は切った方が良いな」 「切るって、その、首になっちゃうって言う事ですか?」
当然と言う顔をするコトヒラに頭を抱える。アキの回答によっては人一人、否、その元で働くすべての人たちに影響がでるのだ。
「わかりました。着ます」
従うのは癪だったけれど、こうでもしないと夢見が悪くなりそうだったので渋々首を縦に振る。沢山の服の山と格闘した後、ようやく飾り気の一番少ない上下ひと続きになった服を見つけ、それを着る事に決めた。再び顔を出したコトヒラがアキの服に目を止める。
「…………ふむ」
驚いた事に、それだけ言うとコトヒラは部屋を後にしようとした。
「それだけですか!?」 「何かあるのか」 「いえ、ええと……」 「ないなら行くぞ」 「あ……はい」
着ろと言うから着たのに、それに対する言葉がほんの二文字とはどう言う事か。アキは盛大にため息をつき、身体を投げ出すと寝台に突っ伏した。
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