頬杖を突いて窓の外を眺める。青々と茂った木々が目に入り、音をたてないように窓を押しあけた。アキの読んでいた本が風でパラパラとめくれる。背後で忍び笑いをする気配に体を振り向かせると、濃紺色の髪をした男が気まずそうに咳払いをした。
「集中力切れ?」 「少しだけ」 「わかるよ。ずっと城にこもっているのは退屈だものね」
ハヤノは同意をしてくれるが、彼にそう言われてもあまりしっくりこず、曖昧に笑顔を返す。暇なアキと違ってハヤノは毎日職務に追われているし、今だって私室にいると言うのに難しい顔をして山積みになった書類の一つ一つに目を通していた。
「そうだ!」
良い事を思いついた、と手を叩いて表情を一変させるハヤノにアキは目を丸くする。
「アキさん。久々に鍛冶をやりたくない?」 「鍛冶ですか?」
ここへ来てから鍛冶はやっていない。と言うのも、キリヒは元より戦争色の薄い国で武器より生活用品に重きを置いている。武器を作る鍛冶師には不足していなかったのだ。
「しばらく離れていたから、上手くできるかどうか」 「いいんだよ。気晴らしなんだからさ」 「そうね。今度鍛冶場をのぞかせてもらおうかしら」
アキの言葉にハヤノは優しく微笑むと、しっかりと頷いた。
「じゃ、手始めに僕にあう剣を作って欲しいな」 「ハヤノさんの?」 「うん」
ハヤノの剣を作ると言う事は、つまり王の剣を作ると言うことだ。タカマハラにいる頃はクガミの注文を受けた事もあったけれど、王室のあり方などを頭に詰め込んだ今では考え難いことである。
「王室付きの鍛冶師が良い顔をしないんじゃ……」 「その心配はないよ」 「どうして?」
ハヤノはどこか驚いた様子で、頭をかきながら視線をそらした。
「王妃が王以外のカヌチになるなんてないでしょ?他の人のカヌチになりたいなんて言い出したら、いくらアキさんのお願いでも僕は認めないよ」 「あ……の、カヌチの話だとは思わなかったの。ごめんなさい」
アキが遅れて顔を赤らめると、ハヤノが肩をすくめ、二度目のプロポーズのつもりだったんだけどな、などと耳元でささやく。アキはどぎまぎとしてそれ以上言葉を発する事が出来なかった。ふと、ハヤノが真剣な顔をしてアキの肩に手を置く。
「念のための確認だけれど、まさかもう誰かのカヌチになっているなんて事はないよね?」 「あるわけないでしょう!」
見当はずれのセリフに、アキは目を丸くしながら即答した。
「良かった。アキさん、向こうでも皆から好かれていたから、もしかしてと思って」 「おかしな事言わないで」 「おかしな事、かなあ」
ハヤノの言い方は断固とした考えがある時にするそれだ。不思議に思って顔を覗き込むも、ハヤノはいつの間にか普段のほんわかとした雰囲気に戻っていた。
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