「アキ、とっても勉強熱心で覚えが早いって評判ですわよ。正式な王妃として迎え入れられる日も近いですわね」 「そのようだね。嬉しいな。……どうしたの?アキさん?」 「い、いえ……何も」
ハヤノの視線を避け、アキは紅茶を一口口に含んだ。ハヤノやアサトとはタカマハラにいる頃から仲良くしていたし、お茶をすることもあったのだが、煌びやかな王室で着飾った二人とお茶を飲むとなると話は違った。近くには兵の姿もあるし、緊張しないわけがない。ハヤノとアサトにとってはこれが自然なことなのだから、アキも早く慣れなければならないと思ってはいるものの、そう上手くいかない。ここでの生活に必要なものは、本を読んで会得できるものばかりではないのだ。ハヤノが不審そうにアキを見つめる。
「まあ、お兄様。まだアキ“さん”などと呼んでいますの?」 「お前には関係ないだろう」 「関係ありますわ。そんなにのんびりしていては、私のほうが先に婚礼の儀を挙げることになってしまいますわよ」 「相手もいないくせに、何言ってるんだか」
「アキがお兄様にさん付けをするのはわかりますけれど……アキ、聞いていますの?」 「聞いてるよ、うん」 「アサトに心配されなくたって、僕たち大丈夫だよね?」
同意を求めてくるハヤノに、あわてて頷く。
「うん。大丈夫だと思う」 「そうかしら……」
アサトが椅子を近づけ、アキに耳打ちをしてきた。
「やはりお兄様でも、二人きりになると違いますの?」 「あ、アサト!嫌な感じだなー」 「私だってアキとお話したいのですわ!で、アキ、どうなんです?」 「ち、違うって?どう答えればいいの……?」 「名前で呼ばれますの?」 「うん。呼ばれる……かな」 「うふふふ。やっぱりそうですのね。では……どんな風に口説いてくるのです?」 「ええ!?」 「答えなさい。わたくしとっても興味があるのですわ!」 「お前の興味はどうでもいいの!」
アキとアサトがこそこそと話している間に、ハヤノが二人の後ろにまわっていた。腕組みをして、アサトを見下ろしている。
「ほら、お前はもう部屋に戻れよ。僕だってアキさんと話したいんだから」 「まあ、お兄様。心が狭いですわね」 「僕とアキさんの仲を深めたいんじゃなかったのか?」 「それはお兄様がなんとかなさって」 「もう、勝手だなー」
アサトをなんとか説得し、自室に引き返す。きれいに整頓された室内は、掃除以前に備えつけられている物の質から言って、まさしくお姫様のためにあつらえられたような部屋だった。それでも、兵の目がないだけ幾分か落ち着く。
「僕も、こっちの方が落ち着くな」 「え?」 「王の部屋も、中まで兵がいるのではないんだけど、扉のすぐ外にはいるからね」 「……ハヤノさん?」 「これでも、アキさんのこと一番わかってるつもりだけど?」 「……気づいてたんですね。ごめんなさい」 「ううん。窮屈な想いさせてごめんね」 「窮屈だなんて。私がいつまでたっても慣れないだけですから……」
申し訳なさそうにするアキを見て、ハヤノは明るく話題を変えた。
「それにしても、ほんと、沢山勉強してるよね」 「ですね。こんなに勉強してるの、きっと生まれて初めてです」 「そろそろ婚礼の儀、挙げる気になってくれたって事でいいのかな?」 「その気がなかったわけじゃないんですよ。ただ、何の知識もないまま王妃様になんてなれないと思って……」 「うん。わかってる」 「でも、そうもしていられないじゃないですか……」 「……うん?」
ハヤノが姿勢をただし、アキの表情をうかがおうとするが、アキを後ろから抱え込んでいるので、思うようにいかない。それをいいことに、アキは小さく呟く。
「婚礼の儀を挙げる前に、赤ちゃんができるなんてことになったら困りますし……ハヤノさん、真面目そうに見えてそう言うところ、強引ですし……」 「なるほど。僕が原因ってことだね」 「え、あ、違うんです!非難しているわけではなくて!」
振り返りハヤノを見ると、ハヤノはいつものように穏やかな表情をして、ニコリと笑った。
「そんな事わかってるよ。でも僕たち、愛し合ってるんだから当然でしょ。何も問題ないよね、アキ?」 「…………はい」 「聞こえないな」 「は、はい」 「アキ。僕は別に、みんなの前でハヤノって呼ばれたってかまわないんだよ。むしろそのほうが嬉しかったりして」
「それでハヤノさんもアキって呼びだして、常にスイッチ入ってしまうのは困りますから」 「強情だなあ。まあ、そうだからこうやって、呼んでもらうしかないんだけどね」
ハヤノが抱え込むだけだったアキの身体をお腹からしっかりと抱きよせて、首筋に顔を埋める。
「あっ……!ハ、ハヤノさん!」 「今日誘ったのは、アキだよ」 「ち、ちが!」 「違わない。さ、大人しくハヤノって呼んでね」 「うー……。強情なのは、どっちですか」
「あはは。ほんとだよね」
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