「やあ。調子はどう?」
ハヤノの声にアキが振り返り、立ち上がろうとする。ハヤノはそれを片手で制し、自らソファに座るアキの隣に腰をおろした。
「順調?」
アキが膝にのせている分厚い本に目をやりながら問いかける。開かれたページの文字はとても細かく、ハヤノの位置から読むことはできなかった。
「いいえ……王族の心得なんて言われても次元が違いすぎて……全然頭に入ってこないんです」 「王族の常識って、世間の非常識だもんね」 「や、そうは言っていないんですよ。そんな風に聞こえました?」 「ううん。そう言ったら困るかなぁと思って、言ってみただけ」 「もう、ハヤノさんったら……」
呆れた、と言う顔をしてアキがハヤノを見る。しかし、すぐにはっとして表情を変えた。
「二人で会うの、久し振りですね」 「うん。なかなか抜け出せなくて。夜も遅いし。ごめんね」 「いいんですよ。ハヤノさんは王様なんですから、謝らないでください」
「でも、よく知らない国で、友達や知り合いも置いてきちゃったわけだし……心細いでしょ?」
「心細くない、と言ったら嘘になりますけど……皆さん親切ですし、アサトちゃんも頻繁に遊びにきてくれるから、毎日楽しいですよ」 「アサトが頻繁に、ね。僕もアサトの煙玉を分けてほしいくらいだよ……」
ハヤノがアサトの事を話すときにだけする、子供のような顔をして言う。
「ふふふ。私よりハヤノさんの方がさみしがってません?」 「そうだね。さみしいな。もっと一緒にいたい」
ハヤノをからかおうとして言ったのに、思わぬセリフが帰ってきて、アキはわかりやすく頬を染めた。
「かわいい」 「ハヤノさんって、こんなに積極的でしたっけ……」 「だってもう、何も隠す必要がないからね。でも、前より自分の想いに正直になれるようになったってだけだよ」 「だけ、って言いますけど……私はとっても恥ずかしいです……」 「こればっかりは、慣れてもらうしかないかな」 「はぁ……もう……」
溜息をつきながらアキが俯くと、視界が突然暗くなり、顔を上げる。
「ハ、ハヤノさん?」
覆いかぶさってきたハヤノをよけきれず、戸惑っているうちに唇が重なった。ハヤノと、彼が身につけていたマントによって、アキには逃げ場がない。せまってくるハヤノをとめようと、膝にのせていた本を持ち上げた。
「邪魔」
アキが両手でないと持ち上げられないそれを、ハヤノは片手で軽々と取り上げ、離れた所にポンと投げる。盾がなくなったアキはあたふたして、両手でハヤノを押しとどめようとするが、大した効果はなさそうだ。
「結構長居してますけど、い、いいんですか?」 「休憩時間だから、大丈夫だよ」 「でも、いつ呼び出しがくるかわからないし、こんなことしてるってわかったら……」 「わかったら?」
不思議そうな顔をするハヤノに、アキは言葉に詰まる。
「……あまり良くないんじゃないかなって、その……」 「うーん。結婚式まで中断して結ばれたじゃない、僕たち。もうアキさんが次期王妃だと言うのは誰もが知っているし、こういう事してるって言うのもわかってるんじゃないかなあ」 「それは、そうなんですけど、そうなんですけど」 「ふふ。異論はないみたいだから、続けるね」
うう、と身体を小さくするアキにおかまいなしでハヤノは距離を縮め、額に頬にと唇を落とした。気づけば髪飾りもハヤノの手に落ち、結っていた髪がさらりと広がる。
「いいよね?」
整った顔立ちのハヤノにこれ以上ないほど至近距離で、楽しそうな瞳で見つめられすっかり抵抗のできなくなったアキは、弱々しい声ではい、と頷いた。
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