注意書き
この作品は、真白の未来(下)第3話、ナタリア・ルツ・キムラスカ・ランバルディアの影響を強く受けできた捏造話です。
※ゲーム本編のネタバレを含んでいます。ご注意ください。
※真白の未来(下)の影響を受けてできたメリルを主役においたお話です。ガイナタ作品とは異なります。
前後編の予定…でしたが。
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ND2016・ノームリデーク・レム・35の日
メリルはバチカルの下層階にある庶民街で暮らしている。砂漠の獅子王と呼ばれる父と、昔お城で女官をしていた母の間に生まれ、一人娘として可愛がられて育った。母のシルヴィアは体が弱く、メリルが産まれたのも奇跡的だ、と耳にたこが出来るほど聞かされてきた。メリル自身はこれまで大きな病にかかることもなく、健康そのものだ。金色の髪と、鮮やかな緑色をした大きな瞳は母親譲りで、幼さは残るが、整った顔立ちをしている。女性にしては背が高く、健康的な肌の色をしていた。メリルはバチカルではあまり見かけない衣服―どちらかと言えばケセドニアで身につけるような―を好んで着ていた。袖の無いワンピースは通気性が良く、首元や腕、手首にはぺリドットやクォーツなどで装飾された金属製の輪をはめている。
今日は、商隊の護衛に出ていた父が3週間ぶりに家に帰ってくる。母はメリルにぎっしりと食材の名を書き込んだメモを渡し、朝からうきうきとしていた。もう結婚して18年もたつというのに、父と母は見ているこちらが恥ずかしくなるほど仲が良い。それは、母の体が弱い事も、父が仕事で家を空ける時間が多いことも関係しているのだろうが、ふたりが共に誠実な性格であると言うのが1番の理由と言えるだろう。ふたりを見て育ったメリルも、同じく真っ直ぐな心を持った少女に育っていた。
両手で抱えた荷物をテーブルにどさりと置く。
「こんなに買って……」
重たくて大変だったと抗議の視線を送ると、母は悪びれた様子も見せずにふふ、と笑った。いつもとは比べ物にならない量だ。
「大丈夫よ。メリルと父さんがいるんだから。」
「私が大食いみたいに言わないで。」
口を尖らせると、母がまた微笑む。食材の量から出来上がる料理を想像してみるが、とても3人で食べきれるような量ではない。しかし、これを全てたいらげてしまうのがメリルの父なのだ。身長は2mを越す大柄な体型をしている。その見た目のせいで誤解を受けることもあるが、母の作った料理を至極幸せそうに食べる様子を見れば、きっと皆の誤解も解けると思う。
「少し出かけてくるわ。」
食材をしまうのを手伝ってから、メリルは出かける支度をした。後で荷物をかかえてくる予定なので、余計なものを持っていくのはやめ、財布も置いていく事にした。
「あら、どこへ?」
「キーリーおじさんの診療所よ。」
「今日は父さんが帰ってくるんだから、あまり遅くならないようにね。」
鼻歌を歌いながら台所に立つ母を確認し、メリルは家を出た。本当は買い物ついでに立ち寄る予定でいたが、あまりにも買い物の量が多く立ち寄れなかったのだ。足早に診療所へと向かう。キーリーは父の友人で、なんでも父と母の仲を取り持ったのも彼だと言う。今でも母はキーリーに診てもらっているし、産まれた時から面倒をみてもらっているメリルにとっては家族みたいなものだ。診療所の窓から中をのぞき見る。患者は来ていないようだった。木戸をノックし扉を開ける。
「おじさん?いる?」
メリルが大きな声で言うと、奥からキーリーがあらわれた。壁掛けのカレンダーで今日の日付を確認する。
「ああ、そうか。もうそんな時期か。」
「そうなの。前から頼んでおいたでしょう。おじさんが大事にしている譜業写真機を借りに来たわ。」
「わかってる。これだろう。」
キーリーは布袋を慎重にほどき中身を見せると、また慎重に結びなおした。
「扱いは丁寧に、くれぐれも壊すんじゃないぞ。この写真機がどんなに歴史的価値のあるものだか……」
「ND1980以前の型でもうどこにもない、でしょう。おじさんの宝物だもの。ちゃんと大事に扱うわ。」
「わかっているなら、いい。そうだ。カルに送らせよう。」
「何言ってるの。いい?おじさん。カルは今おじさんのようなお医者様を目指して猛勉強してるのよ。そんな雑用頼めるわけないでしょう。それに、大した距離じゃないんだから。」
「それはわかるが……あ、使い方はわかるか?俺がついて教えてやった方が良いんじゃないか?」
不安がぬぐえないらしく、キーリーが心配そうに言う。それを聞いていたキーリーの妻ノリーンが後ろから現れ、まったく、とため息をつく。
「使い方ならバダックがわかるだろう。駄々をこねるんじゃないよ。メリル、もうお行き。明日3人揃ってうかがうからね。」
「ありがとう、おばさん。」
写真機は想像していたより重く、荷物を置いてきて正解だったと思った。メリルは、どうしてもこの写真機を父と母に見せてやりたかったのだ。今日は父が帰ってくる祝いの日であるとともに、父と母の結婚記念日だった。この写真機は、ふたりが交際するきっかけとなった物らしい。当時でも旧式だったこの写真機を酷使するわけにはいかず、メリルが3、4歳の頃には使わなくなったのだと言う。
「それにしても、重いわね。」
立ち止まり、写真機を持ち直そうとしたが、人通りの多い道で立ち止まったせいで後ろにいた通行人とぶつかり、背中を押される。前のめりになる体勢を立て直そうと必死でバランスをとるが、元の体勢には戻れそうにない。抱えていた写真機だけは守らなければと思い体を反転させる。そのままメリルの体は背中からコンクリートに叩きつけられた。痛みで眉をしかめる。
「あ―…君、怪我はないかい?」
見上げると、若い男がメリルの様子をうかがっているのがわかった。陽射しと重なっているせいで表情までは読み取れないが、進行方向に突然倒れこんできたメリルに道をふさがれ戸惑っているようだ。
「ええ、大丈夫―」
言いかけて、かかえていた写真機の安否を確かめる。メリルははっきりとした原型を知らないのでなんとも言えないが、この細かな部品がいくつか本体から飛び出していると言うのは本来の姿と違う気がした。
「そんな……」
「それ、譜業装置か?もしかして、今の衝撃で?」
メリルから離れるように距離をとっていた男が、腰を屈ませ写真機に興味を示しだした。そう言えば、メリルにはよくわからないが、キーリーのように譜業装置に目が無い人間と言うのは少なくないらしい。その上この写真機はそこらで売っているような安物とは違う。見る人が見れば、何ヶ月分もの収入をはたいてでも手に入れたいと思う品らしい。写真機を抱える力を強め、男の視線からそらせようと体をひねると、男は焦って弁解をした。
「譜業には興味があって、つい。君のそれを奪おうと言う気は全くないんだ。すまない。」
ようやく男の顔を確認する。申し訳無さそうに頭に手をやる様子から、悪い人間と言う印象は受けなかった。
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