彼女が知らなかったこと

ナタリアのお話

数日振りに屋敷に戻ると、いるはずのないナタリアが客室でお茶をすすっていた。ルークが帰館することを誰から聞き出したのか知らないが、その行動力には感心する。自分はそうはできない。おかえりなさいとルークを出迎えたナタリアは、あなたが落ち着いてからでかまいませんので少しお話がしたくて、と気遣うように言ったが、つまりは話をしたいのだと言っていた。ルークは休む間もなく屋敷を連れ出された。この庭園はルークの屋敷にある中庭よりも広く、子供には十分な遊び場だった。抜け道を通れば見晴らしの良い高台に行けることも知っている。

「ベルケンドで一体何を?心底疲れたと言う顔ですわね。」
「航行は存外疲れるんだ。」
「あら、船旅がお嫌いでしたの?」
「そういう意味では……まあいい。」
「私もついて行きたいとお父様に頼んでいるのに、いつも許していただけなくて。」
「当然だ。遊びじゃない。」

ナタリアを見ると、彼女は少しも隠さず不服だと言う顔をした。ルークは一度咳払いをして、そんな彼女から視線をそらす。

「公務と関係ない時であれば俺がどこへでも連れて行ってやる。城にこもっているより世界を見たほうが良い」

小さく歓声の声を聞いた。彼女の表情が一変しているのは容易に想像できた。案の定ナタリアはルークの腕を取りはしゃぐ。

「では、どこへ行きたいか決めておきます!」
「ベルケンドに行きたいんじゃないのか?」
「せっかくあなたと出掛けられるんですもの。研究施設よりもふさわしい場所がありますわ」
「なんだそれは……」

まったくわからない、と他所に目をやると、屋敷を出るときから後をついてきていた兵が目に入った。もう日も暮れてきている。

「そろそろ戻った方がいいな」

呟くと、腕にまきついていたナタリアが嫌だという顔をする。

「また明日も来るんだろう?」
「明日は来ません。丸一日弓術の指導をうけると言っておいたのに……やっぱり忘れていましたのね!」



「ルーク、聞いていますの?」

彼女の手を引いて屋敷とは反対の道を歩いた。監視役が限界だと戻るよう言う頃には、きっとナタリアの機嫌もなおっている。

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