見慣れた背中を見つけ、通い慣れた通路を走る。
「ルーク!」
名前を呼ばれた少年が、深紅の髪を揺らし振り返った。口を一文字に結び、挑むような鋭い視線を向ける。よく知らぬ人はそれを見てひるむこともあるようだが、幼い頃から共に過ごしてきたナタリアはこれが普段のルークであると知っている。
「どうした。」
「今日はいっしょにでかける約束をしていたでしょう」
「まだ早い……支度をしてくるから、待っていろ。」
「ええ!わかりましたわ。」
「ガイ、お前はナタリアをみていろ」
去り際に、ルークが傍に立っていた少年に声をかけた。あまり見たことのない少年だ。ナタリアよりも背が高い。
「あなたは?」
「ルーク様付きの世話係と言うお役目を頂いております。ガイと申します。」
同じ年頃の少年がファブレ邸に仕えているのは聞いていたが、見るのも言葉を交わすのもはじめてだった。
「私は、ナタリアです。ルークのこと、たのみますわよ」
ひざまずいていたガイが、その姿勢のまま礼をした。
「どこで待てば良いかしら。」
「ご案内します」
先を進むガイを早足で追いかける。距離をつめようとしているのに、なぜか一向に距離が縮まらない。ガイもあわせて歩みを速めているようだった。
「もう少しゆっくり歩けませんの?」
「……申し訳ありません」
「私、この屋敷のことならわかっていますのよ。」
言って立ち止まったガイと並ぼうとする。と、息を呑んだガイが、大げさに体をのけ反らせた。
「何のまねです?」
「申し訳、ありません。」
「あやまれと言っているのではありません。」
問い詰めようと覗き込むと、ガイは顔を青白くさせ後ずさりした。
「何をしている」
支度を終えたルークがやってきた頃には、ナタリアは訳がわからず腕組みをするしかなく、通路の真ん中で石像のようにその場を動かなくなってしまったガイのことをルークに説明し、助けを求めた。
「こいつは女に触れられないんだ。何かしたのか?」
「触れられない?どうして?私は並んで歩こうとしただけですわ」
「近寄ることもできないとは……」
やっと意識を取り戻したガイは、今はナタリアとルークの後ろに控えている。振り返り、先程ルークにしたものと同じ問いかけをガイにすると、彼は困ったようにして言葉を探しているようだった。
「人には言えない理由があるのですか?」
「情けないことに、原因を知らず今日まで過ごしてきました」
彼は不本意な体質で困っているのだと思った。ルークに仕える者が、そんなことではこちらとしても心許ない。なにより、困っている人を助けるのは当然のこと。
「私が治してさしあげましょう」
ルークはいつものこと、とナタリアが張り切るのを気にしていなかったが、ガイはただ目を丸くしており、ここにきて初めて彼の年相応の表情を見た気がした。
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