ショコラシンドローム

ガイ×ナタリア

「屋敷に帰りたい……」

何波目かのけたたましい女性軍団を見送り、ガイはぐったりとして壁に手をついた。城内の人間は皆浮足立ち、あちらこちらから甘い香りを漂わせている。これほど城への立ち入りを解放されるのは珍しい。城の主が、可愛らしくラッピングされた袋やら箱やらを山ほど抱えた部下を見て、俺もチョコレートが欲しい、などと言いだしたのが発端だ。

「帰ったら帰ったで大変なのではないですか?」
「何のことだか」
「おや、こんな所に胃薬が」

言われて見た机の上には、確かに薬が置かれている。ガイはそれを手に取ろうか考え、一瞬誘惑に負けそうになったが、やめた。

「そうそう。報告書さえ提出すれば今日はもう帰宅して良いとのことでしたよ」
「は?まだ昼だぞ?」
「陛下の機嫌が大変よろしいようで」

嬉しい知らせではあったが、これがこの国の国王の判断と思うと本当に良いのだろうかと言う気になってくる。国の将来を案じていたガイを、ジェイドが悟ったような顔で見ていた。

「いや。帰りたいさ。今すぐにでも」
「どうも私には理解しかねます」
「だろうな」

部屋から出てきた学者やその部下と入れ替わり、見なれた執務室に足を踏み入れると、ナタリアがこちらに気が付き笑顔になった。彼女が羽織り直していたショールをブローチで止めてやる。ナタリアはありがとう、と言ってから表情を変えた。

「今日は贈り物を受け取る立場なのでは?」

弱く咎めるように言われたが、ガイを抑制する効果はない。ナタリアもそれは重々承知しており、笑って受け流すガイを見てまったく、と呟くにとどめた。

「先を越されてしまいましたけれど」

差し出された箱はガイの片手に収まるくらいの大きさで、昨年のものと比べ随分と小さい。意を決して開けた箱の中身もガイの想像とは違った。

「……ありがとう」

礼を言ったが、意表をつかれていたため、不自然言い方だったかもしれない。嬉しいよ、と付け足し、改めて礼を言うが、ナタリアは眉をよせた。

「わかってますわ。私がチョコレートを作ってくると思ってかまえていたのでしょう?」

だらしないと一喝される。ガイとしては、彼女の前衛的な料理を予想しながらその身一つで挑もうとした事で誠意を示したつもりだったのだが、そんな事は言わない。

「でも、なんで今年は作らなかったんだ?」

ガイの問いかけに、ナタリアが深刻な顔をしてこたえる。

「私としても、昨年のようにあなたに3日も寝込まれてはつまりませんもの」

その口調と、台詞の意味があまりに似合わないのを感じて、つい声をあげて笑ってしまったガイをナタリアが怪訝そうに見ていたが、気分が良かったのでそれも甘んじて受け入れた。

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