「ガイ!」
聞き覚えのある声に振り返る。視界に入ってきたのは呼び主の姿ではなく、ガイめがけて豪速で飛んでくる何かだった。“何か”の正体を認識し、慌てて横に飛び退く。
「こら〜!避けるな〜!」
怒声をあげたのはアニスだ。何やら見慣れぬ衣装を着ているのに気がついたが、それよりも今は自身の身の安全を確保しなければならない。
「避けるなって言ったって、これ、弓矢だろ!?」
先程までガイが立っていた辺りを見る。地面には矢が突き刺さり、まだ反動で体を揺らしていた。もしも避けずにいたら、確実に命中していただろう。
「大丈夫ですわ。やじりの部分が吸盤になっていますの。」
こちらもまた普段とは違う格好をしたナタリアが、弓を射る姿勢のまま言う。間違いなくガイを標的にしていた。
「一体何の真似だ!?」
「観念なさい!」
「今度は避けたりしないでよ。ナタリアのためを思うなら―」
一旦は避けようと体の向きを変えるも、アニスが付け加えた一言によってガイの動きが鈍る。ナタリアが言う通り、やじりは吸盤になっていた。当たったとしても特に問題はなさそうだ。そういう問題でないのはわかっていたが、そんな考えをめぐらせている間に矢は放たれ、ガイは不恰好にも正面からそれを受けることとなった。頭に命中した矢がむなしく揺れている。
「ふーっ。当たったね。」
「ガイは敏捷の値が一番高いですもの。こちらの要求通り止まってくれなければ当てられませんでしたわ。」
「そんなことはないよ。君は弓の名手じゃないか。で―…?」
ナタリアとアニスを順に見る。彼女達の可笑しな格好と、理解しがたいこの状況について説明してもらう必要があった。二人はお互いを見合うと、あらかじめ決められていたらしいポーズをとる。
「小悪魔アニスちゃんと」
「エンジェルナタリア」
「「参上!」ですわ。」
ガイは深いため息と吐くのと同時に頭を抱えた。
「可愛いでしょ?」
「ああ、まあ……アニスの方はダアトの劇で着ていたやつなんだな。」
「そうだよ。ナタリアのは仮装パーティの片付けしてる時に見つけて、可愛いからもらってきちゃった。」
「アニスは似合っていますけど、私は似合っていませんわ。やはりこう言う格好は小さい子がするから可愛いのです。」
「そんなことないよ。まあ、ナタリアは天使より戦乙女って感じだけど。」
ナタリアが、普段はあまり選ばない裾広がりのワンピース姿で、背中には何やら重たそうな羽根を背負っていた。全てが白で統一されており、手にはよくキューピッドなんて呼ばれている者達が持っていそうなおもちゃの弓だ。
「いつもと雰囲気が違うけど、こういうのも似合うんだね。」
「それだけ?頭が痛いとか体が熱いとか……」
「意識が朦朧としません?」
「いや。特にないけど?」
まくしたてるような二人の問いに、疑問符をうかべたまま答える。まるでガイが体調を悪くすると想定していたような言い方だ。
「ミュウには効きましたのに……これは魔物専用ですのね。」
「つまんなーい。あ!一本だから効果が薄いんじゃない?」
「まあ。それなら、」
ナタリアが矢筒を取り出す。どっさりと矢が詰め込まれていた。全て、あのやじりが吸盤になった奇妙な矢である。二人は矢筒から矢を取り出すと、弓を射る形式さえも省略し、なんと直接ガイの体にそれらをはり付けはじめたのだ。
「うわ、おい、二人とも、」
血の気が引く。逃げようにも、既に女性二人に囲まれ失神寸前のガイに、そんな力は残っていない。
「少し効果が出てきたようですわ。」
「って言うか、私達が近づきすぎて気を失いそうですって感じじゃない?」
「あら、ガイ、大丈夫ですの?」
これが大丈夫なわけあるか。叫びたい気持ちを押さえ、否、ガイが声も出せずにいるのに気がつくと、ナタリアとアニスはガイからニ、三歩あとずさった。一体、何がどうしてこんな目にあわなくてはならないのか。
「いい加減、……何なんだ?」
「ガイ、怒ってる?」
「別に怒らないが、わけを説明してもらわないことには」
アニスが何か企み、その計画のためにナタリアを利用したのだろうと言う所までは予想できたが、どうしてガイが矢まみれになっているのかなどわかるはずもない。
「この矢のチャーム効果を検証していましたの。」
「は……?」
「ミュウは一撃でメロメロ。解説書どおり、魔物には効果があるみたい。で、対人にも効果があったら便利でしょ?」
「便利って、おい……」
「勿論、店主に当てて武器を安く買う。とか、お金もってそうな人に当ててお小遣いをもらう。とか、それくらいだよ?」
「それにはあまり賛成しませんけど、せっかくディンが譲ってくれた物を使わないのも失礼ですし。」
「ディン?」
「ええ。このエンジェルアロー一式は、ディンからもらいましたの。」
ディンはケセドニアの交易商人だ。特徴ある喋りに加え、とりわけナタリアのことを気に入っていたようなので覚えている。
「まあ、対魔物で使えば良いですわ。」
「つまんなーい。」
「つまんない、って言うよりも、だ。ナタリア。俺はあまりその矢を使わない方が良いと思う。」
「どうしてですの?」
「チャームは相手を惹きつける効果もあるが、その分注目を集めるってことなんだ。的にされやすくなるんだよ。そんな危険な事はさせられない。」
「でも、あったら便利でしょう?」
「心配で戦闘に集中できない。やめてくれ。」
ナタリアは口を尖らせ一瞬不服をあらわにしたが、少し不機嫌そうにするガイの顔を見て、そこまで言うなら、と大人しく引き下がった。
「じゃあ、この矢ははずしていいのか?そのまま俺が片付けておくよ。」
「お願いしますわ。」
「えーっ。」
「なんだ?まだ誰かに試す気か?ジェイドなんかにやってみろ。とんでもない反撃にあうぞ。」
「そうです。こんな事をして怒らないのはガイくらいですわ。」
「でもでも、人にも使えるかもってこの解説書には書いてある!」
「ガイはこんなにささっていても効果がないではありませんの。」
アニスはまだ不満顔だ。手元の用紙に何か記されていないかと読み直しをはじめ、あ、と驚嘆の声をあげる。どうやら気になる箇所があったらしい。顔をあげると半眼でガイを見た。
「……人選が失敗だったか。」
「え?俺が問題?」
「ダメだよ。ダメダメだよ。もー。」
アニスが突き出してきた用紙を見る。なるほど。
「私にもお見せなさい」
「おっと。別に何も変わったところはないよ。」
ガイはひらりと用紙を持ち上げ、のぞきこんできたナタリアに見えないようにする。
「何を今更。隠す事ないのに。」
「何か隠していますの?」
「なんでもないよ。ちょっと補足が書いてあっただけだ。」
『エンジェルアロー使用上の注意:
既に魅了されている人物にそれ以上の効果は得られない。』
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