いつの間にかこうするのが当たり前になっていたが、よくよく考えるとおかしい。ガイが素直に怪我をしたとナタリアに告げ、その上大人しく腰を下ろし治療を受けると言う状況がおかしいのだ。今までは、治癒術に頼るのを嫌がるガイを無理矢理治療しているような所があった。ガイが、治癒術者が女性だからと言う実にくだらない理由で治療を拒んでいたからだ。そんなガイの態度は当然ナタリアの気分を悪くした。術でなければ良いのか、と強引に包帯を巻いた事もある。
「どういう心境の変化ですの?」
ナタリアが呟くのが聞こえなかったのか、ガイは目を閉じたまま治癒術を受け入れている。立て膝をしているため、今はナタリアの方が上からガイを見下ろしていた。ふと、もうひとつ気になっていたことが頭に浮かぶ。つい先日ティアから聞いた話だ。どうやら、ガイが治療を頼む相手はナタリアだけらしい、と。
「ティアと喧嘩でもしましたの?」
問いかけると、ガイがギクリと身を強ばらせる。
「その情報はどこから?」
「私が思っただけですわ。なぜかティアには治療を頼みにくくしているように見えて。」
ガイが探るような視線をよこす。どこまで話して良いものか、一体どこまで知っているのか、と言った様子だ。警戒しているようにも見える。
「話したくないと言うなら仕方ありませんけど、旅の仲間同士が喧嘩となると色々と支障が……」
「待ってくれ。そこまで深刻な話ではないんだ。さすがにティアだって、瀕死の人間を放っておいたりはしないだろう。しかし、これを君に説明するとなると問題が。」
深刻な話ではないが、ナタリアには話せない。ナタリアだけには知られてはいけない、と言う言い方がひっかかる。ティアとガイの問題であるなら無理に聞き出すつもりはなかったが、ガイはまるでナタリアも関係しているような口ぶりだったので、これでは気になってしまう。
「私だけ知ってはいけないような内容なのかしら。」
「いけなくはないんだが、」
「歯切れが悪いですわね。でしたら私も、あなたには治癒術を使わないようにすればよろしいかしら。」
ほとんど終わりかけていた治療を途中放棄しようとすると、ガイが頭を垂れた。
「……説明させていただきます。」
「ティアに治療を頼みにくいと言うわけじゃあないんだが、君にばかり治療を頼んでいたって言うのはあるかもしれない。そして、その理由を聞かれてしまったせいでティアは俺に治療をしてくれなくなってる。」
「どんな理由でしたの?」
「…………。」
ガイが黙って視線をそらす。明後日の方向を見ようとするのを睨めつけて遮った。
「そんな顔をしてもダメですわ。答えなさい。」
「……、話してたんだ。ルークに。同じ治癒術でも、効果が違って感じないかって。」
意味がわからず首を傾げる。ナタリアが一転してとぼけた表情に変わるのを見ると、ガイは苦笑いした。
「ルークは今の君と同じ顔をしてたな。だからわかるように、人によって回復量が違う気がする。つまり俺の場合は、ナタリアに治癒術をかけてもらうのが一番効果がある気がする。ってルークに説明しようとしたんだが、それを聞いたティアが、それならガイの治療はナタリアに任せておけば良い、と。まあ、機嫌を損ねたと言うよりからかわれる感じでな。おまけにルークはわかってない。」
「どうして私の治癒術が一番効果があると思いますの?同等の治癒術ですし、そう大きな差があるなんて初耳ですわ。」
「……だから、それは、好きな娘にしてもらう方がより温まる気がするって言う思い込みなんだけど。」
話の流れからして、さすがのナタリアでも好きな娘、の対象が誰であるのかはわかった。火照る頬に両手をあてる。
「それは、どういう感じですの?」
「どういう感じと言われましても。」
「あなたが治癒術者なら私も理解できますのに。」
眉をしかめ、口をとがらせ言うと、根負けしたらしいガイが手を差し出す。かと思えば、一瞬のうちにナタリアの視界は遮られ、これは抱きしめられていると言うか、包み込まれている状態なのだと少ししてから理解した。
「こういう、感じ?」
「わ、私は、そんなつもりで治癒術をかけているわけではありませんわ。」
「今更もう治癒術は使わないなんて言うなよ。」
「言いません。言いませんけれど、これからは、そういうつもりで治療しますわ。もちろん、みんなにそうするわけではありませんけど。」
後日、治癒術をかけるたびに赤面しあう二人に周囲が疑問符をうかべたとかなんとか。
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