「いつになく荒れてるなあ」
一歩足を踏み入れため息をつくと、部屋の中心でぼうっとしていたルークがこちらを見て、うんざりだという表情をした。
「いらないって言ってるのに持ってくるからだ」
「もったいないぜ。外の世界を知る手段じゃないか。」
「知ったところで俺はここから出られねーんだし」
「はは、いじけるなよ」
ルークの勉強用にと設けられた一室は、彼の自室と違い毎日掃除が入るわけではない。積み上げられていた辞典はいつのまにか床に散らばっているし、バチカルの日報などが載った印刷物も、手をつけないまま放り出されている。
「こんな事じゃあ、ナタリアからの手紙も一緒に放り出されてるな」
「手紙?」
「ナタリア姫がお前のためにしたためたラブレターだ。」
「そんなもん知るか」
「いいのか?もうすぐ彼女の誕生日だから、何か要求が書かれてるんじゃないかと思うんだが」
ダルそうな顔はそのままに、ルークが少し考える様子を見せる。罪悪感もあるようだが、いまいち渋ったままだ。
「ちゃんとお前の手に届くのを見届けるよう、直々に命を受けてるんだ。なんとかしてくれないと俺が酷い目にあう。」
渋々手紙を探す気になったルークの元に、しばらくしてナタリアが顔を見せた。手間が省けたとルークが内容を聞くと、ナタリアが首を傾げる。
「読めばわかることではありませんの?」
「読めないから聞いてるんだっつーの」
「読む前に失くした?一体どういうことです。」
ルークが黙っているので、ナタリアの視線はガイへと向けられる。
「勉強用にと場所をとっていた資料にまぎれてしまったんでしょう。」
「あら、ルークがそんなに勉強熱心だったとは驚きですわ。」
ナタリアがあきれたと言う顔をし、ルークも逆なでするようなことを言うなとだるそうにした。
「とにかく」
ナタリアは掛時計を一瞥すると、有無を言わせないよう眉間にシワをよせ怒った顔をしてみせた。
「ちゃんと見つけてくださらないと許しませんわ。」
ルークは根本からひねくれているように見えるのだが、こうして律儀に手紙を探すところを見るとやはり素直な人間なのだろうと思う。と言っても、実際に探しているのはガイのようなもので、ルークの手は全くと言うほど進んでいないが。
「まあ、捨てたんだろうな」
「どうしろっつーんだよ。」
「素直に謝って聞いたらどうだ?」
「聞いて教えてくれたらこんなに悩まねーって!ナタリアのことだから余計うるさく言ってくるぞ」
「普通に聞いたらな。だから、お前も彼女にならって手紙で聞けばいい。」
「なんでそんなかったるいこと」
「お前が手紙を書くなんてそれこそめったにないから、素直に喜ぶんじゃないか?」
何を書いたのかまでは見ていないが。夫人とのおしゃべりを終え帰路につこうとしていたナタリアに、護衛を通じて封筒を渡す。
「ルーク様からのお手紙だそうです。」
目を丸くして封を切ると、読むなりナタリアは顔をほころばせた。
「何を慌てていたのか知りませんけど、私は、たまには手紙の返事をくださいと書いたのですよ。」
今考えると、実に彼らしいやり方だった。二人の仲をとりもとうと思うなら、あのルークを説得するよりも彼が代わりに手紙を書いた方が楽だったろうに。あくまで脇役に徹する所がガイと言えばガイらしい。だからナタリアはいつも忘れた頃に彼の存在を知るのだ。いつか初恋相手の話をして、君のほかに誰がいるんだと言ったガイを、あの時の衝撃をナタリアは今も鮮明に覚えている。
「何を楽しそうにしてるんだ?」
詰めれば二人も座れそうなイスに座るガイが、ナタリアに問いかける。手元の紙にはもう文を書き終えたようなので、ナタリアはガイの手からペンを抜き彼の名の下に自分の名を書く。
親愛なるルーク。今度はちゃんと読んでくださいね。そんな心配はしなくても、あなたの隣にいる彼女が、きっと読むよう言うでしょうけど。
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