前方を歩く彼女が足をふらつかせるたび、心では手を差し伸べたいと思いながら実際にそうできたことはなかった。しかし今ならそれができるかもしれない。否、このチャンスを逃したら二度と触れる事などできない気がしている。一大決心をして彼女の後姿を見つめる。彼女は先の戦闘で戦闘要員からはずれた。薄暗い洞窟内の戦闘で、止めを刺したはずの魔物が渾身の力をこめて発した閃光を至近距離で受けたのだ。彼女にとっては屈辱的な出来事だっただろうが、目が眩みこれでは弓を射ることもできないと割にすんなりと引き下がった。手元に視力を冴えさせるような薬品はなく、自然に回復するのを待つ。全員で待っていたのでは時間の無駄だ。他の仲間は彼女の護衛にガイをつけると付近の探索に出た。
「いっこうに治りません」
呟きながらナタリアはぐるぐるとその場を歩き回っている。
「ナタリア、少し落ち着いて。すぐ治るから」
「私は落ち着いています」
言ったそばからふらつく彼女に気付かれぬようガイは苦笑いをした。じっとしていられないのはわかるが、目の前でそうされていては気になって仕方が無い。もう一度ふらついたら、と心に決め、すぐにその時はやってきた。バランスをとろうと彼女が持ち上げた腕をとると、そのまま抱え込むようにして彼女を囲う。暫しの沈黙のあと、ナタリアが目を瞬かせ疑問符を浮かべた。
「……ルーク?」
素っ頓狂な発言にガイは小さくため息をつく。
「では大佐……?もしかしてア」
「ガイです。」
がっくりとうなだれ、最後のひとつは聞きたくないと慌てて自分の名を言った。
「やっぱりガイでしたの?」
「やっぱりって、思ってたなら最初に言ってくれ。」
「だってあなた、こう言う事はできないでしょう?あ、今は私が要救助者だからできるんですわね」
これほど潔く諦められていたとは。いくらガイとてそれなりにショックである。もちろん彼女の言うことも一理あるのだが、無論それだけで出来る事ではなく、目が眩む程度の状態を果たして要救助者と呼べるのかも謎だ。大体、男と女が抱き合っていてこのムードの欠片もない空気はなんだ。
「どうかしまして?……重いのですけど」
「キミの肝が据わったところはすごいと思うんだが、こういう時までそうだとなあ……」
「あら、今だってドキドキしていますわよ」
まったくそうは見えない。ナタリアは自身の手を胸の辺りによせ心音を確認すると、ほら、と言っていかに心音が高鳴っているかを知らせたがった。つられて何気なく彼女の手に自分の手を重ねる。
「ああ、たしか……に」
そうやってから彼女を見れば、何やら頬を赤らめている。心音を確かめると言う事はつまり、手を置いた部分をあらためて見て咄嗟に手を離す。
「いや、そういう流れだったじゃないか!不純な気持ちは微塵も!」
ガイが必死に弁明をはじめたころ、狙っていたかのように探索から戻った仲間達が話の輪に加わった。一方にはからかいたおされ、もう一方からは冷めた視線を送られ誰もガイの気持ちをわかってくれそうにない。
ガイ・セシル心の葛藤の記録
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