スターシップ

ガイ×ナタリア

高速の飛行船といえど、大陸間の移動には日を跨がなければならない。道しるべとなる街の灯りが消えるころにはアルビオールも地面へ降り、各々備えられた簡素な部屋で眠りについた。この飛行船を操縦するものとして一番艦橋に近い部屋を与えられていたノエルは、不審な物音に目を覚ました。上着をはおり扉を薄く開ける。電灯のあかりが眩しく顔をしかめた。誰かがここを通ったのは間違いないようだ。こんな時間に誰が、一体なにを。足音をたてぬよう艦橋へ向かう。すぐに揺れる金の髪を見とめ足を止めた。足音の主は彼女だったようだ。しかし、彼女によって開かれた扉の先、艦橋の中もあかりが灯っていたことから他にも忍び込んでいる人物がいるのがわかる。そのまま後を追い、艦橋を覗き込んだところで足を止めてしまったノエルは室内でかわされ始めた会話に入るタイミングを逃し、息を潜めるしかなくなった。

「誰かと思えば……こんな時間に何をしていますの、ガイ?」
「すまない。起こしたかい?」
「いいえ。実はまだ寝付けていなかったんですの」

ナタリアはガイの座る操縦席の隣へ移動しようとして一瞬後にはきびすを返し、一番対角線上で離れた席に座っていた。ぼんやりと窓の外を眺め、暗くて何も見えませんわねとつぶやく。

「どうしても、よく調べてみたかったんだ。皆には言わないでくれ」
「そうですわね。飛行不能にでもならないかぎり言いふらしたりはしませんわ。あなたにとってこれは宝の船ですものね」

笑い声がした後会話は途切れ、しばらくガイが装置をいじる音だけが響く。この舟に乗る一行は皆、ノエルにとって憧れの存在であった。途方も無い目標へ向かってひた走る、普通に生活していればノエルのような街娘が会話をすることなどできない人たちだ。ところが彼ら自身はそういう点を気にしていないようで、いち操縦士であるノエルのことを気遣ったり、話をしてくれたりもする。特に、一国の姫君と会話をすることなど想像もしていなかったので、今でも緊張で声が出ずに彼女を心配させてしまう事がある。ガイが装置にやっていた手を止めると、途端にあたりが無音になった。

「眠るなら部屋に戻った方が良い。俺はキミを運んであげることができないから」
「それくらいわかっていますけど……人がいると集中できないと言いたいのでしょう」
「そうは言ってない。一人で泣くためにどこかへ行くなら、ここにいてくれた方がよっぽどいいよ」

よく見ればナタリアの目元は腫れたようになっている。ガイのような青年から言われ、女性であれば顔を赤らめる台詞だと思った。現にノエルも息を呑んだが、肝心のナタリアは少し目を伏せただけだった。寂しそうな表情をする意図が掴めない。この二人の信頼関係は何があろうとも不変不動であるのだろうと、そんな部分にもノエルは憧れていたのだ。けれど、こうして見てみればまるで。

「心配性がすぎますわ。あなたには私が夜毎一人で泣くように見えて?」
「いや。仰るとおり。心配性すぎるのは悪い癖だ」

ナタリアがわざと怒るような表情を作って言ったが、ガイは本気で思い当たる点があるらしく肩を竦めた。それを見てナタリアも笑みをつくり、勢いをつけて席をたつ。

「戻ります。あなたもそろそろ切り上げないと明日にひびきますわよ」
「わかってる。もう戻るよ。おやすみ。」

近づく足音に、ようやく自分が隠れていたことを思い出すとノエルはあわてて手元のスイッチに手をやり自分の部屋へ駆け込んだ。少しして、ナタリアがガイへ不思議そうに問いかけるのを聞く。

「ガイ、ここの電灯は自動的に消える仕組みでしたの?」

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