「ひとりでふたりを相手にしているようだ」
ちらりとナタリアの首元を見てから、穏やかに、しかし寂しげに伏せられた瞳に、ナタリアは会釈をして席を立った。お前の意思はと問われ、今のところのナタリアの考えをのべただけであって何一つ問題がなくなったと言うわけではないのに、久々にナタリアは晴れやかな気分でいた。何より自分の意思を知っていて欲しかった父と、余計な茶々が入らず二人きりで話ができた事が有難かったのだ
「嫁ぐことも考えましたわ。けれど私は、こういった役割を手放せそうにありません」
分厚く重なった資料を両の手にたぐり寄せ、形を整える。
「彼がこちらにと言う選択肢もあるのでしょうが、王族として喜んで迎え入れてはもらえないでしょう。彼もなりたくはないでしょうし。」
屋敷を一つ与えられるのも、性にあわないと言っていた彼を思い出す。長年の習性もあるが、彼が元々持っている世話焼きな性格も大きいのだと思う。駄々をこねるよりそれを受け止めて、物をねだるより与える事も嬉しいと思える人だ。ナタリアは少々甘やかされて育ったので、彼がそう言う人で助かっている。
「国民のための尽力はいたしますが、冠は別の方にと思っています。本来次の代をと言われていたあの人の意見も仰がなくてはなりませんわね。」
まだお前は信じているのかと、父の目が言っている。そんな事、わかりきっているではないか。そのためにも、と笑顔でかえす。
「お父様にはまだまだ現役でいて頂きませんと」
それにしても
「これはなかなか説得力があるのですね」 「何の説得だい?」
隣に座るガイが、小首をかしげたずねてきた。ナタリアは笑んでみせ、先程彼とともにやってきた物に目を移す。
「それはなんですの?」 「殿下のご意見をあおぐようにと仰せつかった資料ですよ」
ピオニー九世陛下からね、と付け加えてガイがため息をつく。
「あなたも大変ですわね」 「みんなマルクトで将来を有望視されている連中だ」
意味を理解し、手を伸ばす。刹那、彼が待ってと制止したので、ナタリアは何事かと隣を見る。
「見るのか?」 「これを私に見せるのがあなたの仕事でしょう。私が見なくては困るのでなくて」
言っていくつかを手に取る。ガイの見知った顔も混じっていたようだが、彼は余計な事は言うまいと口をつぐんでおりナタリアが少しページをめくる手を緩めるたびに手を添えられ読みかけの経歴が途切れては消えた。
「あなたの分はありませんのね」 「ご命令とあらばすぐにご用意させますよ、ナタリア様」 「結構です。存じていますから」
ややあって、さっきから感じていたんだけど、とガイが口を開く。
「いつもに増して、自信に満ちているようだけど?」 「ピオニー陛下に、あまりガイを困らせないようにと伝えてください」 「それを俺が言えると思う?」
ガイは不自然にはぐらかされる会話に、段々と不信感をあらわにする。
「私の命令がきけませんの」
彼の方を向き指を立てて言うと、珍しく不服そうな困った顔をして両手を広げたので、そのスペースに身体を倒す。
「お願いなら聞いてあげても」 「では、お願いにしましょう」
彼の腕に捕まり、何を隠しているのかといよいよ追求が始まってナタリアは言うのだ。
「お父様にあなたとの交際を知られてしまいました」
「なおさら嬉しそうにする意味がわからないんだけど」
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