楽しげに喋る彼女の手元のカップが空になっている。横目でそれを確認し、カップを受け取り適量紅茶を注ぐと、彼女はありがとうと言ってにこやかに微笑み上品な仕草で紅茶を一口飲んだ。こう言った一連の動作は、長年の使用人暮らしで身体に刷り込まれてしまった。自分の意思とは無関係である。しかし、彼女と二人きりと言う今の状況を考えると知らず知らずのうちに彼女を引きとめようと考えている部分があるのかもしれない。外に出るには絶好の天気で、部屋にとどまったのはガイとナタリアくらいだった。緑の茂った公園で散歩を楽しむ人々を、窓から望み見る事ができる。
「ティアとルークが並んでいるとまるで親子ですわね」
同じく窓の外を眺めていたらしいナタリアが呟く。ちょうどガイも二人の姿を見止めた所で、ルークが体の前で手を合わせティアに頭を垂れる様子が見えた。
「あ〜あ、今度は何やったんだか」
ルークはどうにもティアに頭が上がらないようだ。自分の事は棚に上げて遠慮なく笑う。
「羨ましいですわ……」
独り言のように呟くのが聞こえ、ナタリアを見る。何を見て羨ましいと言っているのだろう。ティアとルークの“親子のような”と表現した光景に、彼女のうらやむ部分があったのだろうか。頭が上がらないという点では自分も負けていないように思う。
「ティア、面倒見が良いですものね。きっと良いお母さんになります」
どうやら二人の構図ではなく、ティアの事を指していたらしい。しかし母親と言う資質に憧れていると言うのは意外に感じた。何を思っているのだろう。まだガイもナタリアも結婚すらしていないが、立場上気になる話題である。
「キミも似合うと思うよ」
思った通り口に出すと、ナタリアが少しガイの方へ身を乗り出し反論する。
「どこがです。私、小さい子供をあやすのも苦手ですのに」
「どうだかなぁ。最初は大変だろうけど、キミが懸命にがんばる姿は目に浮かぶよ」
まことに微笑ましい光景だ。泣き出す子供を慌てふためきながらナタリアがあやし、ガイは隣で機嫌よさそうにそれを見ている。しばらくたつとナタリアが惚けているガイに気付き、あなたも見ていないで手伝ってと眉を吊り上げて言う。一通り思い浮かべた後に自分はナタリアの旦那でもないのにと苦笑いした。
「あなたは得意そうですわよね。子供にも好かれやすいでしょう?」
「実際、一人育てたようなもんだからな」
「ガイが手伝ってくれたら楽そうですのに……」
「お望みとあらば」
「あ……!今のは違いますわよ!わざわざ隣国のあなたを呼び出して手伝わせようと言う意味ではなくて……」
突然慌てだしたナタリアに、どうしたのかと首をひねる。命令ではないとすると、友人として、便利屋として、……夫として、といくつか例が浮かぶ。慌てて否定している所を見ると、勘違いするなと言われているようにもとれる。
「わかっているのでしょう?笑って見ていないで、なんとか仰ったらどうなのです」
笑っていたつもりはない。ただ可愛いなあと思って見ていただけなのに、彼女の気に触ったようだ。この展開は、なんだか先程まで想像していた光景と瓜二つだ。幸福そうな三人組の姿を、実際に見てみたいと言う好奇心が沸き起こる。
「じゃあ、結婚しようか。手伝うよ。キミとキミの子供が穏やかに過ごせるように。」
何か問題があるかいとわざと惚けた表情をして言う。自分で言うのもなんだが、プロポーズと言うのはもっと心の準備をして必死に悩み考えてからするものだと思っていた。肝心のナタリアも呆気に取られて固まってしまっている。これはダメだなと思い目を瞑る。そもそもこんなにすんなり言えてしまって拍子抜けだ。ナタリアにも冗談にとられそうな気がするし、そうしてもらって仕切りなおしをした方が彼女を喜ばせられるような気がする。あくまで彼女がガイとの結婚を望んでいてくれたらの話だが。
「いいですわよ。それでは私は あなたが和やかに過ごせるように尽力しますわ」
「……もう少し考えたら?」
簡単に実現する夢ではないとわかっていても、他愛の無い会話で築く未来図も悪くないように思えた。
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