パールフィッシュ

ガイとアニス

「ねえ、さっきから気になってたんですけどぉ。ガイの言うナタリアさまって、キムラスカのお姫様のことですか?」

ルークとの会話を聞いていたらしいアニスが、ひょいとガイの隣に現れたので慌ててのけぞり距離を置く。アニスとは最近合流したばかりだが、ガイの体質で遊ぶのをすっかり気に入ってしまったようだ。ぴょんぴょんと隙を見ては飛び寄ってくるため、相手はアニス一人だと言うのに女性数人から囲まれているような錯覚におちいる。先のコーラル城の一件で一時は落ち着いていたのに、ジェイドの余計な一言で今では以前以上に彼女のオモチャになっている。

「そ、そうだよ」
「ほえー、ガイってば使用人の分際でお姫様と友達なの?」
「まさか。彼女はルークの婚約者だから、公爵家には時々いらっしゃるけどね」

アニスを避けた反動で、すっかりルーク達のいる位置から離れてしまった。途端に口調が変わるのに苦笑いし、それでも通常の会話ができる程度にガイとのスペースを空けてくれた事にはホッと胸を撫で下ろす。

「ライバルはお姫様かあ……」
「ライバル?」
「ううん。それで、お姫様ってどんな人?美人?」
「ああ、綺麗な方だよ。……なかなか行動派の」

アニスの言葉を借りて言えば、使用人の分際でこんな事を言うのはきっと許されないのだろうが。彼女はおよそその華奢な外見からは想像出来ないほど意思の強い娘で、未成人ながら命令を下す時の威厳はすっかり備わっているし、ルークなどに怒って渇を入れる姿にも迫力を感じる。生まれ育った環境上そうなるのは自然かつそうあるべきだと思う。しかし、ガイの特異体質を治すよう迫ってくる時には正直勘弁してくれと泣きたくなる。もう少し控えて欲しいと言って、更に怒られ逃げ惑う自分の姿が目に浮かんだ。視線を感じ隣を見ると、アニスが吃驚したような、はたまた思案しているようにも見える表情をしている。どうかしたのかと尋ねると、はっと意識を戻し大きく首を振ると同時に、ご自慢のツインテールと肩に乗せたトクナガも揺れ互いの緊張感をほぐす。

「なんでもない。で、ガイともおしゃべりするわけ〜?」
「まあ、挨拶程度は。ルークがしぶって出てこない時とかね。」
「……好きになっちゃったりしないの?」
「へ?」

思わず聞き返すと、アニスはガイの反応が予想外だったらしく、むぅと口を尖らせる。

「だって綺麗な人なんてしょ?お姫様とその婚約者の使用人、禁断の愛!互いに惹かれあい、結ばれないと分かっていながら燃え上がる二人〜みたいな!」
「目が輝いてるなぁ。でも、綺麗だったら好きになるってもんでもないだろ。」
「まあそうだけどぉ。そうだったら面白いのにって思っただけ。障害も減るし。それに、この先そういうことが無いとも言い切れないでしょ?」

期待に満ち、そそのかすようなアニスの表情に、ガイは飽きれてため息を吐く。この場に当人がいたら「そのような事はありえません」と一喝されているだろう。

「アニスが期待するようなことは何も起こらないさ」
「も〜っ言い切らないでよ〜!」
「彼女はルークの事しか見てないからな」
「さらに追い討ちをぉ……」

納得いかない様子のアニスに声を出して笑う。論外もいいところだ。愛国心の強いあの人が、自分の立場を忘れて一人の男に走るとは到底思えない。彼女にとって父である王の命令は絶対で、自身に将来訪れる結婚が一市民のそれと根本的に違う事くらい理解しているだろう。否、幼い頃からそう教育されていればその違いにさえ気付かず、結婚に個人の意思は関係ないのだと思い込んでいるのかもしれない。そうだとしたら少し可哀想だ。もしアニスが言うように、彼女が本当に好きな男でもできたらどうするのだろう。国を棄てるのだろうか。それとも本意でない結婚をするのだろうか。ただ、彼女の様子を見る限り―

「本当にルークが好きなんだろうな」

妙に悟ったような声が出て隣に聞こえたかと目をやると、アニスがまた、やはり掴めない表情でガイを見ていた。目が会うと、興味なさ気に視線を逸らす。

「それ以前に、ガイはその体質を改善しないとだし。」
「改善できるのか……?」

人の心配をする前に、自分の心配をしろと言う事だろうか。他に思惑があるような気がしないでもないが。バチカルはもう目前に迫っている。

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