St.Valentine's day

ガイナタ

あちらこちらから甘い香りが漂うこの季節、バチカルに滞在していて良かった点を挙げるとすれば、作成場所や素材にかかる費用、教師役など料理全般のサポートには困らないと言ったところだろうか。今までこの行事に興味を抱いてはいたものの、如何せんナタリアは料理が不得意だった。公爵家へ贈っていたものは全て専属の料理人が作ったものだ。ナタリアは綺麗に盛り付けられたそれを公爵家まで持って行き、しぶしぶ姿を見せるルークに小言と一緒に渡す。年によっては直接手渡せなかった事もあった気がする。そんな自分が、よもや手作りチョコレートを作る日がやって来るとは思っていなかった。何故かナタリアの周辺だけ乱雑に散らかされた調理場で、多大な苦労の末なんとかラッピングを終える。やっと一仕事終わったと息をついてから、作って終わりではないのだと我に返る。事前の約束通り、公爵家へ忍び込み通い慣れた廊下を進む。使用人である彼に与えられている部屋に辿りつき、軽く扉をノックした。

「ガイ、いませんの?」

返答がない。明かりも点いていないので、まだ用事が終わっていないのだろう。足を踏み入れ、二つ並んだベッドのうち音機関やら工具で散らかされた方に腰掛ける。恒例だったルークへの贈り物は、今年は手作りだと告げた途端怯えた表情で「いらない」と言われたので用意していない。なんだかんだで同じ調理場を使っていたティアが用意していたので、仲間の誰からももらえないと言う心配はないだろう。それにしてもあの調理場はどうしてナタリアの周辺だけあんなに散らかっていたのだろう。ティアやアニスの周辺は綺麗なものだった。もしかしてそこに料理の得意不得意があらわれるのだろうか。考え込んでいると足音が聞こえはじめた。部屋の主が帰ってきたようだ。急いで駆け寄り扉を開けると、おかえりなさいと出迎えた主のかわりに、山積みになった箱がナタリアの目の前に現れた。しばし茫然としていると、上から声がかかる。

「ただいま。待たせて悪かったね」
「……すごい量ですのね」
「ああ、うん。メイドたちがみんな律儀でね」

ガイが持ち帰ってきた箱は大小さまざまで、公爵家に仕えるメイドの人数を遥かに上回っていたし、メモが挟まっている物もある。律儀に義理の贈り物を、とは考えられない。手前にあった一つを手に取り見てみる。小振りなこれはまだ義理の範囲だろうか。

「これでは食べるのが大変でしょう」
「君も食べるかい?」
「まあ!皆はあなたに食べて欲しくて用意したのですわよ。そんな失礼なこと!」
「怒るなよ。わかってるさ。でも、どうせなら甘さの感覚が正常なうちに君のチョコレートが欲しいなあ」

怒ってはいないが、多少膨れたナタリアの頬にガイは両手を当てなだめようとする。

「他人に分け与えられる程余っているのでしょう。もういらないのではなくて?」
「君がくれるんだったら、たとえチョコレートに海老が入っていようとも食べるよ」
「あら、やっぱりそれがよかったですか?でも皆に止められて……今回は普通のチョコレートなんですの。ごめんなさい」
「いいえ。」

ガイの手元で小箱のリボンが解かれ、一口サイズに分けられたチョコレートが現れる。彼がそれを口に運ぶ様子を、ナタリアは目で追う。

「……どうです?」
「おいしいよ。ありがとう、がんばったね」
「良かったですわ。男性には少し甘すぎるかもと心配していたんですけれど」
「君ほど甘くはないよ」

彼がしれっと答えた言葉の意味を少し考え、ナタリアは首を傾げる。

「どういう意味です?」
「そういう意味です」

肩を竦めて彼がそう言い、重なった唇からなんとも甘い香りが届く。いつも以上に頭がクラクラとした。


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