婚人

ガイナタ

夜が更け同室の仲間達が寝静まった後、ガイはどうにも寝付けず時計の針が進む音を聞いていた。これでは明日の戦闘に支障をきたす。わかっていても眠れないのには訳がある。ベルケンドに立ち寄った一同は研究所へ足を運び、その折に何度か世話になっている医師に体調を診てもらう事になった。全員の診察を強制した結果、ナタリアにドクターストップがかかる。過労であるとの診察結果に、彼女は両手を腰に当てその必要は無いと言い張ったが、皆の説得もあり、最終的には一晩ベルケンドの病室で休むと言う条件を飲んだ。彼女に一際強く休むよう説き伏せたのは他ならぬガイであったが、研究所と宿と言うほんのわずかな距離でも心配で仕様が無い。ただ休むのであれば宿で休ませる事もできた。その方が自らも傍で介抱できたのに、と彼女を研究所に置いてきた事を今更後悔していた。このままここにいても埒が明かない。ガイは宿を出ると、早足で研究所へ向かった。他の建物はすっかり明かりを落としていると言うのに、研究所は所々から明かりが漏れている。深夜の警備装置でも設置してあったらどうしようかと考えていたのだが、いらぬ心配だったようだ。研究者たちは作業に没頭しており、ガイが傍を通り過ぎても気にも留めない。すんなりと病室までたどり着いた。鍵もかかっていない扉に驚きながらも足を進め、ようやくガイの頭の中を支配していた人物を見つける。ベッドの近くにあったイスを引き寄せ腰掛ける。彼女は規則正しい寝息をたて眠っていた。過労と言っても何をもって回復と判断するのだろうか。今一つわからず、一般的に風邪をひいた時にするように額を寄せると、パチリとナタリアの目が開き、彼女が大きな目を瞬くのをこれ以上ない程近い位置で見た。額を離すと同時に、ナタリアが上体を起こす。

「まだ迎えには早いのではなくて?」
「こんな所に君を一人置いておけるわけないだろう。先生は?」
「何かあったら隣の部屋に来るよう言って出て行きましたわ。あなたはどうしてここへ?」

目覚めたばかりにしては饒舌だと思いながらも、昼間より顔色が良くなった彼女を確認し安堵する。

「体調はどうかと思ってね」
「ぐっすり休んで身体が軽くなりましたわ」
「そう。」

すっかり布団をよけベッドに腰掛けるナタリアが、ガイの顔を下から覗き込んでいる。何か期待に満ちた眼差しを向けられている気がして小首を傾げると、彼女が口を開く。

「もしかして、これは夜這いと言うものですか?」
「いや……、そんな、嬉しそうな顔で言うものじゃないと思うよ」
「嬉しそうな顔をしています?ドキドキはしていますけれど」

まるで好奇心の塊だ。目を輝かせる彼女に、ガイは盛大なため息を吐く。心を許されるのは喜ばしい事だが、彼女はガイが一応男性であると言う事を忘れていやしないだろうか。

「心配だから朝まで付き添います」
「構いませんわ。でも体調は万全です」
「君は他人に対して無防備すぎる。簡単に寝所に人を招きいれる王女が何処にいるんだ」
「あら、寝所に招きいれて良いのは恋人だけですわ。それくらい私もわかっています。」

彼女がごく当たり前だと言う表情でそう言うので、いとも簡単に先程までの不満が和らいでしまう。

「俺以外の人が来たらどうするつもりだった?」
「鍵を閉めました」

イタズラが成功した子供のように微笑むナタリアに、ガイも負けを認めざるを得ない。これだから甘いと言われるのだろうが、こんなにかわいげのある罠だったら、何度掛かったって良いかなと思ってしまう。

postscript
絵茶の興奮が冷めやらぬうちに作った記憶があります。