おひめさまのおつかい

ガイ・ナタリア・ティア

「ティア。何か入り用な品はありまして?」
「……え?」
「私、これから買出しに行ってまいりますの。」

彼女は先日、アクゼリュス行きに半ば強引に同行することになったキムラスカ国の王女である。初対面は最悪で、ティアから言わせれば世間知らずの足手まといが一人増えたと言う印象を受けた。幾日かを共に過ごした今は、そこまで悪い印象は持っていないが……

「一人で行くの?」
「何か問題でも?」
「いいえ、私も一緒に行こうかしら?」
「構いませんわよ。」

相変わらず世間知らずの感は否めないが、彼女は同じ貴族のルーク程性根が曲がっておらず、寧ろ心は澄んでいるのだと思う。ただ、やはりお姫様気質に変化は見られず、その矛先は大抵ガイに向く。

「ガイ!」
「はい?」
「荷物持ちを手伝って頂戴」
「……喜んで。」

彼は愚痴の一つもこぼさずよく面倒をみていられるものだ。

「ナタリア、いつも買い物には行くの?」
「自ら出向くより城に商人が来る事がほとんどですわ」

以前ルークと買い物をする際に、ティアは一度痛い目を見ている。あのような出来事を回避するためにも一応確認をしなければいけない。

「その、……お金は?」
「好意で頂く事もありますけれど、お金は支払いますわよ」
「あら、そうなの?」
「当然でしょう」
「そうよね」

たとえ貴族であっても、物の代価を払うのは当然のこと。ルークの例が特殊すぎたのだとほっと胸を撫で下ろすと、目を離した隙にナタリアが店の立ち並ぶ方へと走って行った。慌てて目で追うと、既にガイが後を追っていたので、ティアはゆっくり後を追うことにした。どうやら果物屋へ向かったようだ。ナタリアと店主が話をしている。

「これと、これと……これ、」

指差しながら指示している様子は、至って普通に見えるが、

「全部一つずつかい?」
「いいえ、籠ごとください」

前言を撤回する。ポカンと口を空ける店主を他所に、ナタリアはまだ果物を物色している。止めなければと我に返り近づこうとすると、再びガイに先を越される。

「ナタリア。俺達は最低限のガルドしか持ってないんだ。そんなに沢山は買えないよ。」
「そうなのですか?」

ほら、とガイがナタリアに財布の中身を見せる。

「まあ!」
「ね?」
「これでは何も買えないのではなくて?」
「だから、必要なものだけ買おうね」

ティアも店主も、冷静に問題を捌くガイをただまじまじと見つめる。

「嬢ちゃん、どっかのお嬢様かなんかかい?」
「いいえ。一市民です」
「はは、まあ、そのりんごは嬢ちゃんにやるよ」

彼女が物色し、手に取っていた一つのりんごを見て店主が言う。彼女はそれを籠に戻そうとしていたので、意味がわからず首を傾げる。

「何故です?」
「サービスだ。お得意さんになってくれよ」
「わかりました。ありがとう」

礼を言って立ち去るナタリアを見送ってから、ガイも店主に一礼する。

「どうも」
「大変だなぁ、騎士さんは」

その様子をただ茫然と眺めていたティアの元へ笑みを浮かべたナタリアがやってきて、りんごを手渡す。

「後で食べましょうね。」

何故自分に渡すのかと疑問符を浮かべる。

「私が包丁を持つと皆が身を構えてしまいますから」

大真面目な顔をしてそう言うので、ついつい笑みがこぼれる。

「あら、私にとっては重大な問題ですのに。」
「ん?ティアにあげたのかい?」

続いてやってきたガイが、ティアの手元にりんごを見止め、新たに持ってきたりんごをナタリアに渡す。

「もう一人女の子の連れがいるんだよって言ったらくれたんだ」
「……熟練度が違うのね」

彼は元々要領が良いのだろうが、ナタリアの扱いは特別馴れているように見える。元からティアの出る幕などなかったようだ。微力ながら、ティアに手伝える事があるとすれば、

「ナタリア、一緒に料理の練習をしましょうか」
「良いんですの?」

至極至近距離で接する必要のある、こういう事くらいだろうか。


postscript
アビスは段々と仲良くなっていく様子が好きでした。