密心

ガイ×ナタリア

ナタリアは先程から一点を見つめ、睨めっこをしている。熱心に見つめるソレは、至ってシンプルなシルバーリング。しかしそれは、一般にペアリングと呼ばれている物だった。物質に固執する性格ではないが、やはりこう言うものには多少憧れがある。
加えて、最近はナタリアもガイも互いに忙しくしており、今日のように会える機会が少なくなっている。一人寂しく彼を想う時に、そういうものがあれば少しは寂しさが紛れるかもしれない。

「ふーん」

声のする方を見ると、いつの間にかガイが隣に並んでいる。彼はそこそこ長身で、腰を屈めるのに疲れたのかしゃがみこんで露店を見ていた。上から彼を見るというのはあまりできない事なので、ついつい見入ってしまう。するとガイが露店に手を伸ばし、先程までナタリアが対峙していた指輪を取り上げた。

「これ見てた?」
「まあ。よくわかりましたわね」
「あれだけ熱心に見てたらね。でも意外だな。こういう物は見慣れているだろう。何か君の目に適う所があったかい?」

ガイは見目の事を言っているのだろう。確かに、ナタリアは幼い頃から各地で集められた良質の貴金属を数多く目にして育ってきた。装飾品にも不自由した事はない。けれども、これは只の装飾品とは違う。

「女性の憧れですわ」
「うん?まあ、気に入ったのなら買おうか」
「いいえ!」

咄嗟に腕を引いて止めると、ガイが不思議そうにナタリアを見る。

「それ一つでは意味がありませんし、私は人前でそういった指輪をはめる事はできませんもの。それは……これと対で一つなのです。」
「ああ、そういうことね。」

ナタリアがもう一つの指輪を手に取り見せる。自分の手の中にあるものより一回り大きいそれを見て、ガイがやっと合点が行ったという顔をする。

「確かに目立つかな」

普通の町娘であれば全く問題ない行為だが、ナタリアは一国の姫である。迂闊にペアリングなんてものを身につければ、各所にいらぬ影響を与えてしまう。指にはめなければ良いと言う選択肢もある。しかし、形式にこだわるつもりはなくともできることなら薬指に、と考えてしまうのは仕方のないことだ。少し名残惜しい気もするが、結局購入せずに露店を後にした。

「代わりに何か欲しいものは?」

隣を歩くガイが聞いてくるが、特に欲しいものが見当たらない。ナタリアは大体の物品を難なく手にする事ができる環境で育ったため、物欲は薄い方なのだ。

「物に特にこだわりはないのです。……ただ、」
「ただ?」
「あの指輪を見ていたら、何かあなたと同じものを持ちたくなりました。」

こういう意識は女性の方が強いのだろう。その上ガイは現実的な考えをする人だ。物に依存しようとしているナタリアを似合わないと感じているかもしれない。返事のないガイを横目で窺うと、 彼は軽く首を反らし、自分の首につけたチョーカーを引っ張る。

「それは―、こういうものでも良いの?」




ガイと街に出たあの日から数日が過ぎた。相変わらず忙しい日々に追われており、次に二人で出かけられるのが何時になるかはわからない。ただ、彼はたまに仕事で城に顔を出すことがあり、今日も足を運ぶ予定だと言っていた。意識せずとも、自然に浮き足立ってしまう。念入りに身支度を整え、首にチョーカーをつける。実はあの後、露店を回り二人は揃いのチョーカーを買った。買ったばかりのそれをガイにつけてもらい礼を言うと、あまりのはしゃぎ様に彼は微笑とも苦笑ともとれる顔をしていた。今度は逆に、ナタリアがガイのチョーカーをつけようと背を伸ばす。しゃべるとつけられないので黙るよう言ったが、たしかその時彼は「お城で会う時はつけられないけどね」と、そんな風に言っていた気がする。知ったことか。ためらう事無くナタリアはその格好で部屋をでる。少し歩くと、ちょうど正面からガイがやってくるのが見えた。彼であると確認すると、早々に首元に目を移す。上着を着ていて少し分かりづらい。

「目を見る前に首を見るなんて、寂しいじゃないか。」
「チョーカーはしていませんの?」
「まるで俺よりこいつを待ってたみたいな言い方だな。まあいいけど。」

そういう言い方をするということは、つけているのだろう。ガイは人当たりの良い性格で、拗ねたりひねくれたりするのは想像し難いと前にアニスが言っていたが、どう見ても今のガイは拗ねているように見える。彼はナタリアの前ではよくこういう顔を見せるのだ。母性本能か何かわからないが、立派な男性である彼を可愛らしいと思ってしまうから不思議だと思う。

「これくらいのことで拗ねてどうするのです。折角会えたのですから仲良くしましょう」
「仲良く、ねえ。ま、この仕事を片付けてからね。」

実のところ、こうも仲睦まじい姿は度々城内で目撃され、彼らの間柄を知らぬ者の方が少ない。とは言え公にできないと言うのも事実で、事実を知る者達は掴めぬ彼らの今後を影から案じる事しかできずにいる。そんな者達にも、揃いの首元は彼らの交際が順調であると言う証明だった。皆、心から国を愛する姫の前途が幸福であるようにと願っている。近い将来彼らが通らねばならない困難も、意外に味方は多い。

postscript
キリバン作品