今日の目的を終え、各々宿屋で休息を取っていた時のことだ。ナタリアは暖炉の前のソファに座り、一人で考え事をしていた。もう既に日は落ち、窓を見ると雪が降っているのがわかった。ここは極寒のケテルブルクだ。しかし、宿屋の中はとても温かく、被っていた毛布の温かさも加わり、ナタリアは押し寄せる睡魔と戦うのに必死になっている。眠ってしまってもかまわないのだが、人の良すぎる性格で皆に使いを頼まれ、未だ帰らないガイの事を思うとそれは可哀想な気がした。彼がそんな事を気にしないのはわかっているが、元はと言えばナタリアがカジノに忘れ物をしてしまったのが悪い。一人で取りに行くと言うと、夜道は危ない上にカジノに一人で行かせるのも心配だと言われ、それならば一緒に行こうと言うと、外は冷えるから君は宿屋で待っているようにと言われた。すると、その会話を聞いていたほかの仲間達がついでに飲み物を買ってきてほしいだのなんだのと彼に使いを頼み、結局は全部引き受けて出て行ってしまった。それからもう1時間経とうとしている。ここで寝てしまうより、自分も外に出て彼を探しに行った方が良いだろうか。でもそんなことをしたら、なんのために自分が代わりを引き受けたのかわからないとガイに笑われそうな気もする。不意に冷たい風が部屋に吹き込む。朦朧とした意識のまま扉の方へ身体を向けると、片手に袋を持ち、肩に雪を積もらせたガイが立っていた。雪を払っている様子を見ていると、視線に気付いたガイがナタリアの方へ向かってくる。
「先に部屋に戻っていてよかったのに」
「それはできません」
「はは、寝ぼけてるな。何言ってるんだかさっぱりだ」
ナタリアはしっかり言ったつもりだったが、ガイには伝わらなかったらしい。笑われたのが癪に触り、自分は眠っていたのではないと主張しようと思った。
「私、ここで考えていたのです。」
「何をだい?」
目を細めて笑いながら、ガイはナタリアを見る。まるで子供を相手にしているときの態度で、普段であれば少し鼓動が早くなるような優しい笑顔だったが、それを見たナタリアは更に意地になった。本来ならば人に言おうなどとは考えず、心に留めておく話題だったかもしれない。きっと彼の言う通り寝惚けていたのだ。ナタリアが話をする姿勢になると、ガイはナタリアの横の空いた隙間に荷物を置き、自分は暖炉の前を陣取った。
「私は将来ルークと結婚します。けれども、ルークはティアの事を好いているでしょう。……ティアもルークの事を好いているように見えますわ。」
「まあ、気付いていないのは本人達だけだろうな」
「私は……もちろんルークの事を好きです。けれども、それでは想い合っている二人を引き裂く事になるでしょう。」
そこまで言いガイを見ると、彼は少し何か意見を言おうかどうか迷っているように見えたが、すぐにそれを止め、ナタリアに続きを言うよう促した。
「そうしたら私は、きっとアッシュと結婚する事になるのではないのかしら」
「万事解決だな。」
彼らしからぬ棘のある答え方をしたので、気になって様子を窺う。見るまで気付かずにいたが、先程までと正反対の、少し機嫌が良くないと言う表情をしていた。
「私、何かあなたの気に障ることを言いました?」
「いいや。全く以って君の言う通りだと思うよ。王から見ればルークもアッシュも公爵家の息子だ。無理矢理に君が傷つく方法を選ぶとも思えないし。」
「だったらどうして怒っているのです。」
ナタリアが不安になって問いかけると、ガイは暖炉の前に屈む姿勢からナタリアの方へ向き直り、跪くような体勢をする。そして恭しく頭を下げてからナタリアを見上げた。
「俺の個人的な意見を言わせて頂きますと。あなたの仰るその図式のなかに、姫を一途に想い続ける使用人と言う重要な人物が欠けているように思います。ま、そんなのは相手にしない方がいいだろうけどな。」
「……どういう意味です?」
ナタリアが敬語をやめるよう言って以来、彼がナタリアを姫と呼ぶのは茶化したり冗談を言うときだけで、そういう時には大体自分の事を使用人と称していた。それをふまえて彼の言葉を反復すると、ガイがナタリアを想い続けていると言う意味になる。
けれども、とても冗談を言い出すような雰囲気ではなかったため、真意がわからない。再びナタリアが問うと、ガイは何も答えずにロビーを後にしようとした。
「お待ちなさい!」
ナタリアは立ち上がりガイを追い、引き止めようとして手首を掴んだ。すると、振り払われるだろうと思っていた手を、ガイがもう片方の手できつく握った。
「相手にするなって言っただろ。」
予想外の反応に驚いたのもあるが、加えてとても真剣な眼差しを向けてくるガイに、ナタリアは身動きが取れなくなった。目を丸くしながらしばらくそうしていると、唐突に手首の痛みが和らぎ、拘束を解かれる。
「こんな風に……変な男に絡まれないように気を付けるんだよ。君は強がっていても繊細な女の子なんだから。」
ガイはいつもするように眉尻を下げ、肩をすくめてそう言うと、そのまま背を向け行ってしまった。頭が上手く働かず、何がなんだかわからない。兎も角、先程立った弾みで落としてしまった毛布を拾い、たたんでソファに置く。すっかり目が冴えてしまった。あんなに真剣な目で見つめられては困る。かと思えば一転してまるで冗談だと言うような態度をとるし、いくら考えてもナタリアにはガイの本心がわからなかった。ただ、このままあんまりアッシュにほったらかしにされていると、近いうちにナタリアの心は折れ、ガイの方に倒れこんでしまう気がする。そんな事は有り得ないと断言できない自分が信じられないが、もしもそうなってしまった時に、ガイは受けとめてくれるだろうか。
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