「ガイ、あなた、血が…」
「え?」
彼女の視線の先を辿る。見るとシャツのわき腹のあたりに少し血がにじんでいた。もうほとんど治りかけていた傷が先程の戦闘で開いたようだ。
「あなた、やっぱり癒していない傷があったのでしょう!?」
「あ、ああ…これは大分前のだよ。もう治って」
「いけません!どうして仰ってくれなかったのですか!」
言い訳をしよう。本当に大げさにする程の怪我ではなかったのだ。しかし、日ごろ治癒者(ヒーラー)であるティアやナタリアに、恐怖症を理由に治癒を断る事も少なくなかった。そして、彼女たちがそれを快く思っていない事もわかっていた。ナタリアは少し前に負ったこの傷のことを知って歯がゆく思っていたのだろう、我慢ならないと言った様子で、ガイに迫ってくる。
「すまない。悪い、悪かった、わかったからそんなに近づかないでくれ」
「何がわかった、ですか!あなたはいつもそうです。それをお脱ぎなさい!」
勢いに負け後退りしていると、途中にあった障害物に気がつかずに後ろに倒れこんでしまった。ここぞとばかりにナタリアが迫る。
「うわ、わ、ナタリア!乗るな!」
「なんですか、そろそろ慣れてください。自分から触るのは平気になったのに
他人から触られるのはダメだなんて、そんなものはただの気の持ちようです!」
「ナタリア、」
「大体、いつもいつもあなたからばかりで……!」
「ナタリア!」
咄嗟に右手で彼女を引き寄せ、左手で口を押さえた。抱き込むかたちになってようやく黙らせることはできたが、それでもモゴモゴと話そうとしているナタリアをなんとか落ち着かせるのはなかなか難しく、落ち着いたところを見計らって手を離すと不満たっぷりと言う顔で睨みつけられていた。彼女の言う事はもっともだ。恐怖症にも少し改善の兆しが見えた今、突然飛びつかれたりするのにはまだ拒否反応が出るが、心の準備さえあれば、もしくは自分からであれば女性に触れる事もできる。元来心の中でも触れる事を望んでいなかったわけではないし、それが恋愛対象として見ている相手の前であれば、ガイとて普通の男である。よって、互いに想いが通じ合った今、彼女に何もしていない訳でもない。
―しかし、今は仲間達の前である。
「みんなの前でする会話じゃないのはわかるよね」
「おや、そうなんですか?」
「そう言われると逆に気になっちゃうよね〜てゆうかガイ、アレもう治ったんだ?じゃ、あたしも〜」
見計らっていたかのように、ジェイドやアニスが会話に参加してきた。そして、まだ出会ってまもない頃遊ばれていたように、アニスが飛びついて来ようとする。
「わ、わ、来るな!」
咄嗟に避け、離れる。
「もう、あからさますぎてムカつく〜!」
「アニス、こういうバカップルは相手にしないのが一番ですよ〜」
「あのなぁ……ん、どうかした?」
言いたい放題言っているアニスとジェイドに言い返そうとして、目の前にいるナタリアが不思議そうな顔をしてガイの顔を覗き込んでいるのに気が付いた。
「いえ、アニスの事は避けているのに私の事はしっかり抱いたままなので違和感が……」
「ああ。まだ恐怖症が無くなったわけじゃないんだが……きみが相手だったら逆に触れたくなると言うか」
この光景を、唖然とした表情でアニスが見ている。ジェイドも呆れて敵わないと言った様子だ。
「な、なにあれ。」
「まあ、あれじゃあ浮気もできないでしょうから、理想的な例ではあるのかもしれませんね。」
「わかりませんよ〜。浮気相手にもきみが相手だったら―とか言うんじゃないですかぁ?ガイってば口が上手いですから」
「こら、誤解を招くような会話をするな」
彼女を前に、浮気なんてできる訳が無い。
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