諸恋と片恋

アシュナタ←ガイ

「これから料理をします。」

そう言った彼女の顔はこれから戦場に行くかのようだった。同時に一斉に周囲の視線が彼女に集まり、皆同様に険しい表情をしている。ガイもその中の一人であったが、ふと我に返って肩をすくめた。

「大袈裟だろう。今日は時間にも余裕があるし、落ち着いてやれば大丈夫だよ」

自分に向けても言った言葉だったのだが、仲間達の視線が恨めしそうにガイを見ている。当人のナタリアですらいつもの覇気は何処へ行ったのか、不安そうな表情をしていた。

「ではガイ、今回はあなたが指導してはどうですか」
「は?指導?」
「ええ、間違いを犯す前に気がついて注意する人がいれば安心でしょう」
「まあ、それはいい考えですわ!ガイ、お願いします」

俺が女性恐怖症だと言う事をこいつは忘れているのだろうか、否、知っているからこそこういう事をするのだろう。ジェイドとはそういう男である。どちらにせよ彼女に頼まれてしまって断る事などできない。

日々の食事の調理に関して、一応は順番を決め各々が担当するようになっているが
やはり忙しい日であればアニスやティアなど調理に長けた者が手際良く作ってしまうので、自然と回数にもばらつきがでてくる。ガイは上手がどうかと問われれば、さして利点を特記することもできないが、まあ普通に食べられる程度のものを作る事ができる。ジェイドも同様だ。問題は甘やかされて育った貴族二人組である。彼らはお付のシェフがいて当然と言う家庭に育っているので調理に勤しむ必要が無く、不得手であると言うのも当然といえば当然だ。しかし、この二人の、とくにナタリアの料理を見ていると、それ以前の先天的な調理能力にも問題がある気がしてならない。率直に言おう、この世の食べ物とは言えないほど不味いものを彼女は作り出すのだ。

「ガイ、惚けていないでちゃんと見ていてください」
「ああ、大丈夫。ちゃんと見てるよ」

先程まで、アニスがガイまでも調理場に立たせ、ナタリアと密着させようと奮闘していたのだが、それを不憫に思ったらしいナタリアによって、後ろで見ていれば良いと言う結果に落ち着いた。

「で、何を作るんだい?」
「ピザを作ります」
「ああ―…それなら大丈夫だろう」
「わかりませんわ、いつ何が起こるかわかりませんもの」

彼女の何事にも真剣に取り組む姿は見ていて気持ちが良いので、好きだ。ただ、どうして急に料理を作るなどと言い出したのだろう。今までも、料理に関しては彼女自身が不得手であると自覚していたので、自ら率先して作るなどと言う事はなかった。ふと考え、すぐに理由が分かった。少し前にあの男と行動を共にしたのが原因だ。目に残る赤い長髪を持ったナタリアの想い人、向こうもまたナタリアを想っている。七年の間離れていながらも互いに想い続けた同士だ。ガイの入る隙間などない。そいつと、−アッシュと行動を共にした時、からかい半分で料理を作らせたところ、それなりの食べ物が完成した。悔しいので美味しかったなどとは言わないが、ナタリアが料理に取り組みだしたのはそれからだ。誰がどう見てもわかる。好きな男のために料理が上手くなりたいだなんて、健気でとても可愛らしいと思う半面、その対象が自分以外の男であると考えると不愉快極まりない。料理なんて上手くならなくても良いのに。ガイは料理なんてできないナタリアと知っていながら好きになったのだから。
ーわかっている。アッシュだって別にそんなことはできなくたって良いと考えている。

「できました!」
「え?」

いつの間にか完成していた料理をガイが食卓へ運んだ。料理を心待ちにしていた皆がテーブルに集まり始める。

「あら、美味しそう」
「見た目は問題ないですね」
「へぇ、ガイ、ちゃんと指導したんだ!」

そして、これなら安心だな、とルークが一番にピザにかぶりつく。次いで口をつけようとしたティアを、アニスが腕を掴んで止める。ジェイドもあの貼り付けたような笑みを浮かべたまま手をつけようとする様子がみられない。皆一様にルークに注目する。最初はおいしそうに口を動かしていたが、次第に眉をしかめはじめ、心なしか顔色も青ざめてきたように見える。

「……う。なんだこのまっじーぃの、いつもとかわらねえ!」

あたりまえだ。ガイは指導など何一つしていない。

「私、教えてもらっても美味しく作れないなんて……」
「あ、ああ、違うよ、ナタリア。実は俺もピザはあんまり上手に作れないんだ。力になれなくてごめんね」
「あら、そうなのですか?でもそれは困ります。私の好きな料理ですからあなたにも美味しく作れるようになって頂かないと。そうですわ!今度はあなたの得意な料理を教えてくださいね」

アニスたちにはこの会話を聞かれ、ガイが真面目に指導していなかった事がバレてしまった。ジェイドに至ってはガイが指導もせずに考えこんでいた内容までわかってしまったことであろう。しかし、足掻こうともこれが今日の食事なのだ。皆渋々と口に運び始める。あきらかに振舞われる分量は違ったが、そんなのはいつもの事だ。
(ナタリアが料理を作ったとき、余りが出たら彼女に悪い、と大抵はガイが最後まで責任を持って食べてきた。)未だに慣れはしないものの、少しは耐性もついた彼女の料理を口に運びながら、ふと考える。さっきは料理なんて上手くならなくていいと言ったが、やっぱりもう少しくらい上手に作れるようになってもらってもかまわない。また今日のような機会があったら、今度は自分好みの料理や味付けを覚えさせてしまえばいい。片恋に振り回される男のささやかな抵抗だ。

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