窓から朝日が差し込んでいる、普段ならとっくに起きている時間なのだろう。さすがに仲間の誰かが起こしに来たらしく、ドンドンとドアをノックする音が聞こえた。
「そろそろ起きないとルークのこと言えなくなるな」
寝過ごした理由が理由なだけに、弁解の余地はない。(少し音機関をいじっていただけなのだが、そんな事を言ったらまた偏執狂だなんだと言われてしまう。)まだ布団に潜りたがる体をもぞもぞと起こそうとし、ふと疑問が沸き起こった。起こしに来たのならどうして部屋に入って来ないのだろう。もしかしたら起こしに来たのは女性陣の誰かなのかもしれない。そうだとしたら早く出て行かないと気の毒だ。とそこまで考えたところで扉の外から声が聞こえ、自分の推察が当たっていたのだとわかった。
「ガイ、いつまで寝ているつもりですか?起きないとルークがあなたの分の朝食も食べてしまいますわよ」
扉をはさんでいる所為で少し篭って聞こえるが、彼女の声を聞き間違える訳が無い。となると話は少し違ってくる。
「もう、入りますわよ。後から文句を仰らないでくださいね!」
一先ずは起こしかけていた身体を倒し、目を閉じた。扉が薄く開き、来訪者が外から様子をうかがっているようだ。少しして目的の人物の姿を見止めたのか、ため息とともにナタリアが部屋に入り、すぐにガチャリと扉の閉まる音がした。ガイは3人部屋の1番奥のベッドで眠っていたために、扉からは少し距離がある。ナタリアの靴音がコツコツと響き、あと少しと言うところで何かに触れたらしく金属音が聞こえた。
「また遅くまで音機関装置をいじっていたのですか」
後片付けはきちんとしたつもりだったが、床に何か落としていたのかもしれない。いつのことだったか、ナタリアに「この音機関だらけの部屋はどうにかならないのですか」と怒らせてしまった事が頭の隅に残っていたから片付けたのだが、正解だったようだ。そうこう考えているうちにナタリアはベッドの横までたどり着いていた。ゆすろうと手を置こうとし、やめたらしい。
「ガイ、起きなさ」
予想外に自分の耳と同じ高さのところから声が聞こえたので、目を開け声の方を向くと、しゃがんで声をかけてくれていたナタリアと目が合った。
「起きていたのですか?」
あまりの反応の良さに吃驚したのだろう。少し前から、と答えると彼女はムッとした顔をしてガイを見た。怒っていると言うより呆れていると言う様子だ。
「だったらどうして出てきてくれなかったのです?…言っておきますけれど、装置には指一本触れていませんからね」
「知ってる。まだ怒ってるのかい?」
「怒ってはいません。ただあなたは案外根に持つタイプですから。……なんです?顔がにやけていますよ」
「こうして朝一番に君に会えてうれしいからだよ。新婚夫婦はこんな感じなんだろうな」
「これがですか?」
そうして布団に潜り込んだまま彼女を引きとめ数分が過ぎる。
「ところでナタリア様。朝食は召し上がりましたか?」
「まだです。あなたのせいですわよ。そうです!私あなたを起こしに来たんですのよ。おしゃべりしに来たわけではないのです。早く戻らないと皆が不審に思いますわ。」
目的を思い出したナタリアが急に立ち上がり、先に一人で戻ってしまいそうになったので彼女が気が付くよう大げさな動作で布団をかぶった。
「まあ、この期に及んでまた眠るつもりですか?」
予想通り彼女は戻ってきてガイから布団を奪う。仁王立ちで腰に手をあて覗き込んで来たのでその腰に手を差し出し自分の方へ引くと、無理な体勢だったのと、片手に持った布団の重みで彼女が倒れこんできた。
「ガイ!いい加減にしないと怒りますわよ!」
突然の出来事に顔を真っ赤にしているナタリアは、どこからどう見ても既に怒っているように見えたが、ガイの両腕にすっぽり収まってしまっているのでまるで説得力がない。少し上体をそらし不本意です、と示すのが精一杯の抵抗のようだったがやがてその体勢にも疲れたのか、ふと胸の上に彼女の頭の重みが加わった。種類で言えばガイと同じ金の色をした髪だが自分とは少し違う、彼女特有の温かみある髪を撫でてやるとくすぐったそうに身じろぐ。少し前まではよもやこんな風に彼女に触れる事ができるなどと思いもしていなかった。自分が一番驚いている。次いでそっぽを向いてしまっている彼女の額に唇を落とし、自分の正面で顔が見られる位置まで彼女の身体を引き上げると、言う事を全く聞かないガイに呆れ、自身も眠気がまわってきたのか、少し眠たそうにしながらも睨みつけてくる彼女と目が合った。本当ならこのまま眠ってしまいたいのだが、さすがに二人でこうして眠っているところを誰かに見られると後が厄介だ。
「使用人はお姫様のキスで目を覚ますんだよ」
「違います。大体、そういったお話では王子様のキスで姫が目を覚まし、使用人の出番はありません。あなた、ルークにもそうやって教えたのですか?」
「教えるわけないだろう。ん、してくれないのかな?」
いわゆる天然発言の後に小首をかしげるのが彼女の癖だ。そしてようやく意味を理解したのか、顔を赤らめはじめた。見ているこちらは可愛らしく表情が変わる彼女に頬が緩むばかりで、それに反比例するように彼女は眉を下げて困ったような顔をする。しかし、妙なところで頑固で我侭になるのがガイと言う男だ、と言う事を十二分に承知している彼女は、早々に抵抗することを諦めたらしい。彼女の顔が近づき軽く唇が触れた。一旦離れたそれを今度は自分から追い、また触れる。幾度かそれを繰り返した後、ようやく開放された時、ナタリアは肩で息を整えていた。
「おはよう。君のおかげでやっと目が覚めた。」
「まったく、白々しい」
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