花簪

アクト×アキ

行くぞ、と言ってアクトがアキの手をとる。アクトはいびつな岩の上を器用に歩き、それと対照的に、アキが一歩ずつ慎重に進む。必然的に二人の距離が広がり、アキはつんと腕を引っ張られるたびによろめいていた。

「もう少しゆっくり……」

アクトが足を止め、ようやく隣に並んだアキは深い息を吐いた。

「で?どっち行くんだ?」
「うーん」

アキが辺りを見回し、一点を見つめる。まるで面白いものを見つけた、と言うように目を輝かせていた。アクトはその視線を追い、岩肌の露出した小高い丘で隙間から顔を出す白い花にたどり着いた。

「おい、まさかあれじゃ……」

言いかけてアキのいた位置に目をやるが、すでにアキはおらず、つながれていた手がするりと離れていく。

「見てくる」

アキは一度振り返り柔らかく微笑むと、前へ向き直り、アクトの返事を待たずに歩きだしてしまった。せっかく平らな道へ誘導してやったと言うのに、自ら歩きにくい進路を選ぶアキに、アクトは呆れてため息をつく。

「知らないぞ俺は」
「なにか言った?」

アクトの呟きにアキが反応し、置場を探して宙に浮いていた片足を今にもくずれそうな石の山に下ろしそうになる。

「いいから、前見て歩け」
「うん?」

その後もアキはふらつきながら目的地にたどり着くと、真っ白な花弁を持つ花の前にしゃがみ膝をついた。丘の高さはアクトの身長より少し低いくらいで、アキがアクトを見下ろしてたずねる。

「なんて言う花かな」
「俺に聞くか?」
「タカマハラでも図鑑でも見たことないから一応聞いてみようかなって」
「似たようなやつ、よく生えてるとこなら知ってるけど」
「本当!?」

期待に満ちた満面の笑みを向けるアキに、アクトは一瞬面喰ってから答えた。

「……ああ、まあ。タジキ辺りとか」
「タジキ?どこにあるの?」
「今日今すぐ行けるところじゃない。とりあえずそれ、採っとけよ」
「うん」

アキが頷いて花を摘む。来た道を戻ろうと視線を戻したところで、アキの動きが止まった。なかなか次の動作に移らないアキを不審に思い様子を窺うと、アキは丘を下るのををためらっているようだった。

「さっきはこんなに岩だらけじゃなかったよね?」
「さあ?最初からそんなもんだろ」
「そうだっけ……」

そう言う表情は完全に怖がっていて、放っておいたらずっとこのままなのではないかと思うほどだ。登りは花にしか目がいっておらず、恐怖を感じなかったと言うことらしい。アクトはますます呆れ、半眼でアキを見た。

「わ、わかってる。降りるから」

せかされていると思ったのか、アキが焦って一歩足を踏み出す。しかし、やはりそれはそれ以上動かなかった。仕方なしに手を貸しに行こうとすると、アキが申し訳なさそうに肩を落とし、ごめんと呟く。少しからかってやろうと思いつき、アクトは丘を登って迎えに行くのをやめた。

「こっち、来い」
「え?」
「端になら来れるだろ」
「花だけ渡せとか言うんじゃ……」

アキが不安そうな顔でアクトを見つめる。アクトは岩場の端にアキを座らせると、膝の下に腕を通し、逆の腕でアキの胴体をもたれさせ、アキを肩に担いだ。

「な……!な、何してるの!」
「騒ぐとこのまま運ぶぞ」

アキが不満の言葉を飲み込み大人しくするが、アクトはアキを持ち上げたまま歩を進める。

「大人しくしたって運ぶんじゃない!」

アキの非難の声を無視して歩くと、辺りは灰色から緑の広がる草原に変わり、ようやくアクトはアキを地面へ降ろした。

「……あ、ありがとう」
「別に。……もたもたしてると日が暮れるぞ」
「う。……そうでした」



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