「依頼?」
店に入るなり辺りをきょろきょろと見回す不審な男に、アクトは問いかけた。自身は椅子に座り、ふてぶてしく伸ばした足をカウンターに乗せている。
「店主はどこだ」 「へえ。店主が俺じゃないってわかるのな。あんた、ひょっとして何度も来てる?」
城勤めの兵士らしい男とアクトが睨みあっている所に、階段を下りて来たアキが慌てて止めに入った。
「アクト!お客さんが来たら声かけてって言ったでしょ」 「客かどうか確認してたんだよ」
言いながらそっぽを向くアクトに、アキは盛大な溜息をつく。
「すみません。何かご用ですか?」 「この剣を修復できるか?」
男は鞘に入った大型剣をカウンターに置き、アキに差し出した。
「これですね」
鞘から剣を引き抜き、刃こぼれした部分を確認していると、そっとアキの手に男の手が重なる。アキは一瞬驚いたものの、男が平然としているのでそのまま作業を続ける。心なしか、男との距離が近い気がしていた。
「おい、おっさん」
アクトの声にアキと男が顔を向ける。
「あんた、こんなのが好みなわけ?やめといた方がいいと思うぜ。そんなくびれもない腰に手ぇ当てて何が楽しいかな」
それに、と立ち上がったアクトは更に続けた。
「普段から口うるさい上に、寝てたっていびきかくし寝相も悪い」 「そ、そんな事してないでしょ!?」 「よく言うぜ。ほら、お前のつけた傷がまだここに」 「それはアクトが無理やり」
起こそうとして寝台まで来たからじゃない、と続けようとした言葉が他の声にかき消される。
「アキ・ミヤズ。鍋が噴きこぼれているが」 「へ……ああっ!お客さんごめんなさい。ちょっと待っててくださいね!」
アキが急いで階段を駆け上がっていると、すれ違いざまカスガに腕を取られ、ふらついたところを支えられた。
「火は止めたが、後はどうすればいいかわからん」 「あ、はい。後は私が」
アキは頬を赤くして再び階段をのぼり、かわりにカスガが階段を下りる。男はカスガの姿に一端驚いてから、カスガ大尉、と声を上げた。カスガは敬礼する男を見て挨拶にこたえる。
「ここの鍛冶師の腕は評判なので、剣の修繕に」 「ああ。私もよく依頼している」 「大尉もでしたか!」 「剣よりアキに興味があるって感じだったけどなー?」
アクトの言葉に、カスガが一瞬考えるような顔をした。
「事情はわかった。では、剣をとれ」 「は?」 「アキ・ミヤズが目的なのだろう?ならば、闘って決めるしかない」 「はは。それ、やる前から勝負ついてんな。」 「何を仰って……」
剣を向けられ混乱する男の後ろに、もう一人、もとい一つの幻影が姿を現す。寒気を感じ男が振り返ると、この国で王の次に権力を持つ人物が冷めた目で室内を眺めていた。
「騒々しい……」
半透明の幻影の姿に男は悲鳴を上げ、一目散に店を飛び出す。悲鳴を聞いて降りてきたアキが、サナトとはち合わせした。
「ふ。小物の分際で私をすり抜けるとは。……何か言いたそうな顔をしているな」 「と、突然現れたら、避けようがないかな、って……」 「答えて良いといつ言った?」 「う……」
アキは縮こまり、アクトやカスガも姿勢をただす。
「随分と暇を持て余しているようだな。では、私の剣の納品も早められるな?……明日の正午が期限だ」 「あ、明日の正午って、もう夜ですから、1日もないじゃない!……ですか」 「無理なら牢屋に戻るまで」
興味なさ気に言い、サナトの幻影が薄れていく。呆然とするアキの後ろでアクトとカスガも目を合わせた。アキが小さく呟く。
「カスガさん。ご飯よそってありますから、おかわりは自分でとっていただいて良いですか?」 「了解した」 「アクト。お客さんが来たら、申し訳ないんだけどお断りしてくれる?」 「……なんで俺が」 「お願い」
顔面蒼白のアキに訴えられ、アクトも従うしかない。
「……座ってりゃいいんだろ、座ってりゃ」 「うん。もう、それでいい」
その夜、一心不乱に剣を叩く音が街に響き、苦情を言いに訪れた町人の悲鳴も聞こえたとか、聞こえなかったとか。
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