何度呼びかけても、扉の向こうにいるはずの人物は返事をしない。きっと眠っているだけだろうけれど、もしかしたらそれ以外の理由、例えば風邪をひいてしまったと言う可能性も考えられたので心配になった。辺りに人がいないのを確認してから鍵を取り出し扉を開く。勝手に入るなと言われる覚悟もしつつ、自分は一緒にでかける約束をしていたのだから、と気を取り直した。
「ウキツさん、入りますよー」
けだるそうな返事とも言えないような声が聞こえ発生源を探すと、ソファの上で不自然にもりあがる毛布が目に入った。寝台からは抜け出したけれど、ソファまで来て力尽きたと言う感じだ。しゃがんで毛布の端をつまむと、ウキツが顔を出し寒さに身震いする。寝ぼけ眼でアキを視界に捉えた。
「遅刻です」
口をとがらせて言ってみるが、大きな掌がアキの頭に置かれるに留まった。
「出かけるんじゃなかったんですか」 「寒いから中止」
今までろくに返事もしなかったのに、それだけははっきりと答えるウキツに少しイラっとする。
「……起きないんですか?」
今度はウキツが頭だけ動かし、アキの問いかけを肯定した。
「じゃあ私、帰りますね」
返事は返ってこず、代わりに二本の腕がアキを拘束する。本当は体が飛び跳ねるくらい吃驚しているのを気づかれないようにしながらウキツを見るも、彼の二つの瞳は完全に閉じられていた。
「このまま寝ないで下さいよー」
聞き入れてもらえる望みは少ない。けれどもこの体勢はあまり心地良いものではなく、できれば解放してほしかった。ところがアキを拘束する力は緩むどころかその力を増し、アキはソファの上に軽々と引き上げられる。気づけば完全にウキツに抱き寄せられていた。
「お、落ちそうです」
狭いソファに二人で寝転がっているのだからそれは当然で、ウキツは分かっているのかいないのか、身体を反転させアキをソファの背もたれがある方に移動させる。
「これなら落ちませんけど、落ちませんけどね」
聞く耳を持たないウキツに、アキは肩を落とし抵抗するのをやめた。
「もう。誰かに見つかっても知りませんからね」 「平気平気。お前はそんなこと気にしなくていいんだよ」
何を根拠に、と言う反論は心の中に留める。大人しくしていればすぐに心地よい眠気がアキを夢の世界へと連れて行った。
既に日は落ちかけ、室内は夕焼け色に染まっている。ウキツは自分の服をつかむ小さな手に何事かと一瞬考えて、事の経緯を思い出した。警戒心の欠片もないアキの寝姿に小さく笑い、噂には聞いていた寝息が聞こえて来た時、こらえきれず吹きだして笑った。
「全っ然可愛くねえ」
しかし自分はこの女に惚れたのだ。
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