「友達?」 「なんでもない」 「なんでもないって言われても……」
もう何度このやり取りをしただろうか、何より、携帯なんかいらないと言っていた彼がいつそれを手に入れたのか、どうしてアキに黙っていたのか。
「急ぎの連絡じゃないの?さっきから何度も鳴ってるよ」 「気にするな」 「気になるよ」 「じゃあお前が持ってろ」 「……はい?」
承諾する前にアキへ携帯が押し付けられ、慌てて受け止める。
「それ、どうやっても音が消えな」
アクトが何か言いかけた所でまた電子音が鳴り始めた。二人して画面を覗き込む。アクトは相変わらず出る気がないようで、アキは手元のボタンを押すべきかどうかで一人葛藤した。悩んでいる間に音は鳴り止み、ほっと息をはく。と、次の瞬間着信を示したのはアキの携帯だった。音が鳴るようにはしていなかったが、気がついたそれを取り出す。
「あ、クラトさんだ。取ってもいいよね?」
一応の確認はとり、しかしアクトが頷く前に話を始めた。
「クラトさん?」 「アキ。あのさ、ちょっとアクトと変わってくれるか?」 「アクトさんですか?」 「あれ、一緒にいない?」 「いえ。いますけど、どうして……」 「アクトのやつ、何度も掛けてるのに電話出ないんだよ。アキに聞けば居場所がわかるかなって。あいつの頭の中って、バイトとたまの学校、でなきゃアキだろ?」
クラトの分析に何言ってるんですか、と答えながら頬が熱くなるのを感じる。
「クラトさんの事だってたくさん考えてると思いますよ?」
ははは、と苦笑いする声が聞こえた。ふと、アクトの方を見ようとする。次の瞬間、アキは手首をつかまれ強い力で引っ張られていた。どんと何かにぶつかって目を開ける。すでにアクトの顔がすぐそばまで迫っており、抵抗する間もなく口を塞がれていた。
「アキ。アキ?」
携帯から呼びかけてくる声に返事をするのも忘れ、非難の声をあげる。
「アクトさん、いきなり何するの!」
答えないアクトの代わりにクラトの声色が緊張感を含んだものになった。
「アクト、お前アキに何かしたのか!?」 「何しようが関係ねぇだろ」 「関係ある。お前な」
アキの手にある携帯電話で繰り広げられる兄弟喧嘩におろおろしていると、何事かを喋っていたクラトの声が途中で途切れる。見ればアクトが会話を放棄して、電源を切った所だった。
「……何の用だったんだろうね?」 「知るか。付き合ってんだから何もしてないわけねぇだろ。な?」 「なっ……な、って言われても」 「違うのかよ?お前、さっきもクラトがどうとか言ってたよな。もしかしてお前ら……」
アクトが突然機嫌を悪くした原因に気がつき、アキは慌てて説明に入る。
「あれはアクトさんのこと!クラトさんがアクトさんはバイトと学校以外だと私の事しか考えてないなんて言うから、クラトさんの事も考えてるって言ったの」 「何だそれ」 「言った通りよ!それよりアクトさん。アクトさんが携帯買ったこと、私聞いてないんだけどな」
今度はアキが問い詰める番だった。両手を腰にやり、いぶかしげにアクトの顔を見上げると、アクトがしれっと答える。
「俺が買ったんじゃない。これはやつが勝手に押し付けてきただけだ」 「それでも私、アクトさんと連絡取りやすくなるし良いと思うよ?教えてくれないの?」 「お……教えるさ。教えようと思ってたんだよ」 「本当?」 「ああ。ほら、設定しろ」 「うんっ。……って、私がするの?」 「いいからやれって」
再び押し付けられた携帯に、アキは頬を緩める。一緒に画面を覗き込むアクトの横顔を盗み見ていると、もしかして浮気をしてるんじゃ、なんて心配はいつの間にかどこかへ消えてしまっていた。
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